私は20代の初めに革靴に興味を持ちました。学生時代にスーツを着て働く機会があり、場所柄(銀座)、また扱うモノ的に(高級腕時計)、それなりにしっかりした服装をしなければならない、と思い勉強し始めたのがきっかけです。その過程で革靴の大切さを知り、となると職場の周りは高級革靴の宝庫です。気がつけば高級革靴にハマっていた、という流れになります。
ただ、当時は情報を集めるのも大変でした。折角高い靴を買ってもどうやってお手入れ(磨けば)すれば良いのか分かりませんでしたし、最初の頃は過保護になり過ぎて何足、何十足もの靴をダメにしました。試行錯誤を繰り返し、本を色々と買い、お店でも教えてもらい、そうして今があるわけですが、正直今でもとても極めたとは言えませんし、最近はつま先の鏡面仕上げ(シューシャイン、ポリッシュ等々)も全くしていないので、先日久しぶりに試してみたら見事に失敗しました。普段このブログでも偉そうなこと散々言ってますが、靴磨きの技術的には所詮そんなものです。
で、ここで敢えて私の若い頃の話をしたのは、何か自慢をしたいわけでも「俺たちの若い頃」話をしたい訳でもありません。今、革靴に興味を持ち始めたばかりの方にとっても、きっとその辺りの最初の戸惑いというのは同じ(似ている)だと思ったのです。
ただ、今日たまたま若い頃から懇意にさせてもらっている靴屋さんに久しぶりに訪れた際に、ここ1~2年のお客さんの話を何気なく聞きまして、ちょっと心配になってしまったことがありました。正直非常に限られた特殊な例かもしれませんが、もしかしたら今これを読まれているあなたがそんな悩みを抱えているかもしれません。そこで余計なお節介だとは思いますが、敢えて文章にしてみたいと思います。
靴磨きなんてやってる暇あったら、好きで手に入れた、その目の前にある靴を履き込んでやれ。
最近は私よりももう少し上の世代が50代、60代を迎えまして、若い頃に集めた(今となっては)貴重な革靴をほとんど履いていないまま手放されることが増えているようです。オークションなどを眺めていても、そうした未使用に近い稀少な名靴(とも言えるし、単なる古靴とも言える)が簡単に、手軽な価格で手に入るようになったそうです。ちょっと羨ましいです。最近私、ほとんど靴買っていませんので。
ただ、そうした方がお店に来ると、シューケア用品を一通りまとめて購入しようとされるそうです。正直私の目から見たら要らんものも大量にあるのですが、店員さんによると、とにかく幾らお伝えしてもやはり納得出来ない、不安なので、と全て買おうとされるらしいのです。理由は簡単です。
ネット動画で靴磨き職人の○○さんがこの組み合わせ(一式)のケアを薦めていたから。
正直、今回のこの文章、書くのが少し躊躇われました。今も少し躊躇いながら書いています。何故なら、私の知り合いや、SNSやTwitterなどのフォロワーさんの中にもたくさんの靴道、靴磨き伝道師、靴磨き職人2.0な方々がいらっしゃるからです。そして、誤解して欲しくないのは、私はその方々を責めたいわけでは全く無い、ということです。私はそうした方々との交流が好きですし、その方々のことも尊敬しています。私には出来ないことをたくさんされている。靴磨きの世界は奥が深く、また革靴自体も非常に楽しい趣味の一つです。そして、そうした話で盛り上がるのはとても楽しい。私もそうした話をすることが好きです。
ただ、今回この話(上記の)を知り合いの靴屋さんから聞いたとき、そんな不安に思う彼らの気持ちも分からなくはない(私自身も散々失敗を繰り返してきましたので)ながらも、やはり心配になりました。
今の世の中、ネットで少し靴のお手入れや磨き方について調べれば、幾らでも本格的なプロ仕様の方や、趣味として極めようとされている方々の様々な情報や知識、テクニックを目にすることが出来ます。あの革にはこのクリームが良い。お手入れには○○が必須。これを使う前の下準備に△△を用いると仕上がりが全く違う、等々。
それらは既にある程度趣味として確立されている方、ご自身なりの軸が出来ている方にとっては非常に楽しい話です。ただ、革靴に限らずどのジャンルでもそうですが、初めてその趣味に触れる方にとっては、何が必須で何が必須でないか、何が必要で何が必要でない(あると便利、楽しい)かの区別は全く付かないのです。
そして、いきなり目にする、師と仰ぎたくなる豊富な知識と経験を持った靴伝道師の方の動画や発信を見て、靴のメンテナンスにはこれだけのモノが必要で、しかも順番があり、一つも欠かしてはいけない、と思ってしまう危険も多々ある、ということです。実際にそうしたお客さんは1人や2人ではなく、実際にここ最近は増えてきているようで、更に靴磨き職人さんによって微妙にやり方が異なるので、それぞれの流派に分かれていて、「靴磨き職人の○○さんが師匠なので」「△△さんがそう言ってるので」とそれぞれに違うそうです。
そしてお店に買いに来た彼らは、確かに良い靴を買われたり、オークションなどで手に入れられているのですが、その反面とても心配性、恐怖症に近い感情を持たれていることも多い。
「私の靴は○○さんのようにまだピカピカではないので、履けません」
「△△さんの言われたケアをするまでは履かずに保管しています。」
ピカピカに磨き上げられるようになるまでは、履いてはいけない。履くことは出来ない。
嘘のような本当の話なのですが、実際にそういう方がここ一二年、増えてきているそうなのです。
どうせその人(店員さん)から聞いた極端な話でしょ?そんな人いないって。
そうあなたは思われたかもしれませんが、私が今回この話を聞き流せなかったのは、ここ最近、私の元にも実際に似たような問い合わせ(質問)のメッセージが時々届くようになっていたからです。
少し過激で酷い言い方になるかもしれませんが、一言言わせて下さい。
靴磨きなんてやってる暇あったら、好きで手に入れた、その目の前にある靴を履き込んでやれ。
靴は所詮靴なんです。たかが靴なんです。履いてなんぼなんです。
勿論集めて(コレクションして)眺めてウットリする楽しみも確かに存在します。でも、そういう趣味はある程度靴を買うようになってから、そして散々靴を楽しんでからの老後の楽しみにとっておいても遅くはないんです。
靴磨きが一つの趣味として確立するのは素晴らしい。そしてそれは楽しい趣味です。それ自体は何ら非難されることでもありません。ただ、それを今、あなたが気にする必要は何一つありません。
あなたが憧れるその靴磨きの方法を、毎日欠かさず出来るのであれば、好きなだけやりましょう。
あなたが動画で見て憧れた、もしくはそれが必要だと思った磨き方は、本当に靴にとって必要なのでしょうか。もし不安に思ったら、必要なのか分からなかったら、その方法を自分が毎日実践できるか、を想像してみて下さい。
本当に続けられますか?そして、それだけのことが革にとって本当に必要でしょうか。
実際には、靴磨きって革靴にとっては必須ではないんです。
時々質問を頂きます。
「毎日のブラシとから拭きで充分、と言われていますが、もしやらなかったら革はどうなるんでしょうか?」
どーもなりません。何も起こりません。そんなに革は柔じゃありません。
数日放置しようが一週間放置しようが、大して影響はありません。私だって時々そういうことあります。仕事で疲れ切っちゃって、ブラシすらかける気力がない時。そのまま玄関先に厚紙敷いて、その上に置いた状態で数日放置、ということが多々あります。でも、何も目に見えた悪影響はありません。
ではまったく不要なのか、と言われれば、そうではない。完全に放置された靴はいつの間にか劣化していきます。これは科学的な検証を行った訳ではありませんが、革靴に限らずモノは大抵同じです。興味が無くなったモノは、愛情が薄れたモノは、いつの間にかみすぼらしくなっていきます。ただ、それは今回の話とは別です。
あなたは確かに動画やネット、もしくは実際にお会いしたあの素晴らしい靴磨き職人さんや靴伝道師さんに憧れているかもしれません。憧れは大切です。そして、そんな風になりたい、という気持ちも大切にして欲しい。
ただ、あなたが好きなのは、あなたがしたいのは、何でしょうか?
靴を「履くのが勿体ない、そのまま飾りたい」くらいに磨き上げることでしょうか。
それとも、靴を長く大切に履き続けたいのでしょうか。
もちろん両者は両立させることは出来ます。けれど、まずは「長く大切に履き続けること」を目指して欲しい。
あなたの憧れる靴磨きが活きてくるように、まずは毎日のケアを覚えましょう。それは非常に簡単でシンプルです。
必要なことは靴磨きではありません。
靴磨きをいつでも楽しめるように、普段から靴に慣れ親しんでおくこと。靴を好きでいること。
そのためには、まずは意識し続けられるように、長持ちするように、靴のお手入れを身につけましょう。
その方法はシンプルで簡単です。歯磨きに5種類も10種類ものケア用品は要りませんよね?それと同じです。革靴にもブラシがあればそれだけで充分なんです。ブラシが面倒なら、少し大きめの布でも良い。その日一日の埃や汚れを拭ってあげてください。その毎日のケア、下地作りがあって、初めて先ほどの靴磨きの世界が活きてきます。お肌と同じです。毎日のケア、日々の習慣なしに化粧品だけ塗りたくっても、そんなのすぐに化けの皮が剥がれますよね?
今あなたが憧れているあの靴磨き職人も、世界チャンピオンも、靴伝道師も、決して日々のケアは怠っていません。その日々の必須のケアをまずは覚えて下さい。
それがブラシです。それがから拭きです。
あなたにとっては、私は尊敬も出来なければ、どこの馬の骨とも分からない人間かもしれません。それでも構いません。私が信用できなかったら、是非信頼出来る靴屋さんや靴クラスタの方に聞いてみて下さい。
「本当にブラシでのお手入れって必要なんですか?」
もちろん私で構わなければいつでも声をかけてください。お待ちしています。