ここ最近、多くのお問い合わせを頂いておりますが、その中でも特によく頂く内容があります。それが、
「革靴に無数の傷(もしくは目立つ傷)がたくさんあるのだけれど、どんなお手入れをすればよいか」
というものです。ある程度違いはあるものの、共通していることとしては「傷を目立たなくさせるお手入れの方法」ということになるのかな、と思います。ただいまお返事をしているところではありますが、せっかくなのでこちらでも取り上げてみたいと思います。
世の中には様々な傷「予防」「埋め」「隠し」の方法がありますが、基本的には不要です。
私も靴に傷を付けてしまった、もしくは傷に気がついたときにはしばらく凹みます。お気に入りですから、靴に限らず、やはり汚れやシミと同じく、一度付いたら完全には元には戻せない傷はやはり気分が沈むのは仕方がありません。
もちろん予め付かないように予防をすることは可能です。常日頃のこまめなお手入れを欠かさないことで、足元と靴に意識が向くようになることで、傷の入る頻度が減るというのもあります。また、靴の表情も豊かにしてくれる固形のワックス。お手入れをあまりされない方が靴クリームと勘違いされることの多い、缶に入った固形のポリッシュ用のワックスです。
単にピカピカに光る、というだけでなく、もっとも擦れやすく、傷の入りやすい爪先とかかと周りを中心に予めポリッシュでワックスの薄い膜を作っておくことで、何かに擦れた時に革本体にまで傷が届かずに表面のポリッシュワックス部分で留まってくれて被害を最小限に食い止められる、という効果もあります。
既に入ってしまった傷に関しては、靴修理の専門店や職人さんなどプロに依頼する、靴マニアなら色々なアイテムを試してみる、など選択肢はあると思います。
ただし、ここではそうした方法はひとまず取りません。それらは興味があり、ある程度楽しんで出来るのであればもちろん構わないのですが、一般的には面倒だと思うのです。面倒だと感じることは、大抵長続きしません。基本的には「ブラシとグローブや布での乾拭き」を欠かさず行うことだけは忘れないで欲しいと思いますが、それ以外は必須ではありません。
もし私が敢えて採るならこの方法。「靴クリーム」でしっかり磨いてツヤを出す。
基本的には当サイトでは靴クリームとクリーナーによるお手入れは「必須」とは考えていません。これらを加えることによって余計な手間が増えますし、その分ブラシと乾拭きが疎かになるのであれば、むしろ不要だと思っています。ただ、今回のような傷の場合には、敢えて使うという方法があります。
ただ、皆さん結構勘違いをされていることがあります。質問でよく頂くのが、
「靴クリームを塗ったのですが、傷が消えません。」
というものです。これが非常に多い。店頭にいた頃にも、靴と全く同じ色の靴クリームでないと色が変わってしまうのではないか、と心配されている方が結構いらっしゃったのですが、何を勘違いされているのかというと、
靴クリームはマジックでもペンキでもありません。
ということです。
勘違いされがちですが、靴クリームは「塗る」ためにあるのではありません。
例えば色が少しくすんできた、メリハリのなくなってきた黒の革靴に黒のクリームでお手入れすれば、靴クリームのツヤで全体的に補色も兼ねて黒っぽいツヤが出るようにはなります。ただ、マジックやペンキと違って、色を塗るわけではないのです。
ですから、傷口の色が禿げたから、といってそこにいくらクリームを塗り込んでも根本的な解決にはなりません。用途が違うのです。
そこでどうするのか。それは、もし傷周りが擦れた時に余計な汚れが付着してしまったら、軽く拭うか、落ちなければクリーナーなどで汚れを全体的に落とし、その上で靴クリームを全体に塗った上で(傷口周りだけではなく)、しっかりブラシと磨き上げをしてあげましょう。
傷は消えません。けれど、傷が汚く見えるのは、「靴自体が汚い」ときだけです。
靴はツヤが出て、きれいになったけど、傷は全く消えてないんだけど。何も解決になってないじゃん。詐欺だ。
そう思われるかもしれません。そこで、その靴を置いた状態で、少し普段より離れた距離から眺めてみてもらえますか?
傷って実は大して目立たないんです。特に少し距離が離れた場所にある、更に他人の足元なんて、ほとんどの人が気づきません。
ただし、それでも「なんかぼろぼろだな」「汚いな」と思うパターンがあります。それは、傷ではなく汚れや埃を「放置」した状態で、靴表面に色艶がなく「くすんで」しまっている時なんです。
汚れて傷の入った靴は単なる「汚い靴」です。明らかに「何もしてないな」と感じるからです。そして、それが何故ダメなのかというと、日常生活において、特にスーツなどを着ている状況において、靴だけがそういう状況ということは本来ならあり得ないからです。だから目立つのです。
けれど、日常生活、更に仕事に真剣になっていれば、傷なんて幾らでも付きます。けれど、靴自体が綺麗だと傷はマイナスイメージになりません。傷は○○の勲章、ではないですが、意外と周りはそれを「汚いな」とは思わないのです。仕事用の靴というのは戦闘靴でもあるからです。
また、ツヤが出ることで、表面に光の反射で陰影が生まれます。表情が出ます。すると、細かい小さな傷なんてその光とツヤで、目立たなくなってしまうのです。もちろん本人がお手入れする際などに手にとってマジマジと眺めれば全く今までと変わらず傷の大きさも数も変わっていないのですが、大切なのは傷一つシワひとつ入っていない靴をコレクションすることでしょうか?
もちろんそれで愛情が薄れてしまうのであれば悩ましいのですが、例えば靴を買ってすぐに本人の足の形とは全く関係ない、きれいなシワが入らないと「革質が悪い」「シワが汚い」と突然愛情が薄れてしまう方が意外と多いのですが、私は靴のシワや傷よりもその気持ちのほうが残念だと思っています。
ちなみに、コバ周りの傷や色ハゲは補色が可能です。コバインクを使いましょう。
ただ、同じ傷や色ハゲでも、「コバ周り」に関しては別です。間もなく新年度を迎えますし、靴紐と合わせてこれは改めて書いておこうかな、と思っていたところだったのですが、コバは靴にとって「車のバンパー」のような役割を果たします。
このコバ周りは結構見過ごされがちなポイントの一つ。靴紐と同じで、普段のお手入れの中でその都度簡単にチェックしてほしい部分です。禿げてきたらコバインキで補色しておきましょう。
コバインキ(呼び方は色々あります)には「革底用」と「合成底」用がありますので、購入時には注意が必要です。
靴の「そろそろボロボロになってきたから」と思わせる大きな原因の一つが「コバの色ハゲ」です(もう一つがくたびれた靴紐)
ただ、コバインキはあくまでコバ専用で、甲革(表面の革部分)には使えませんので気をつけましょう。
本人にとっては物凄く凹む靴の傷。けれど他人は「傷自体」はほとんど気にしていません。
とはいえ、もちろん傷や無数に走った不規則なシワは、特に靴に興味を持ち始めると、やはり少し気分が沈みますし、無かったことにしたくもなるでしょう。(シワに関しては、ある程度まではフィッティングに拠る部分も大きいとは思います。特にサイズの合わない革靴を履いた時のシワと完全放置状態はシワ部分から革が切れてしまう場合もありますので、注意が必要です。)
ただ、私は傷に気がついた、というのは素晴らしいことだと思うのです。今まで傷どころか、靴自体に関心がなかったのに、細かい傷に気がつくようになった。それは大きなことだと思っています。一回傷に気づき始めると、靴の寿命が大きく変わってきます。なぜなら靴と足元に意識し始めたからです。
傷は完全に消すことは出来ません。それは人生と同じ(話が大きくなりましたが)かな、と思います。幾つ傷が入っても良いではないですか。ただ、それが汚らしく、みすぼらしく見えるか、それとも「持ち主と一緒に頑張ってきたんだなぁ」と何となくいいなぁ、と思える靴になるか、は簡単なことです。靴を綺麗にしておくこと。それは基本的には「靴ブラシ」と「グローブや布」だけで可能です。
そして、それが習慣になり、細かい傷が気になり始めたら、時々クリームでツヤを出してあげてください。(普段のブラシと乾拭きだけでも十分にツヤは出ます)そうした行為の一つ一つが、靴だけでなく、あなたを素敵にしてくれると、私は本気で思っています。