[日常] 現場を混乱させ疲弊させるのは、普段無関心なのに何かあった時だけ激しく叩き始める無責任な「善良な一般市民」。

[日常] 現場を混乱させ疲弊させるのは、普段無関心なのに何かあった時だけ激しく叩き始める無責任な「善良な一般市民」。

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先日こんな文章を書いたばかりだというのに、私自身も思わず反応してしまったのがこちらの記事。

「知の拠点」をうたって高知市永国寺町に整備が進められている県立大学の新キャンパス。その主要施設の一つである新しい大学図書館で、利用価値のある本が無残に、大量に焼却されていた。長年にわたって県費で購入して蓄積してきた図書財産。燃やして二度と読めなくするという“焚書(ふんしょ)処置”は、それらの本と出合う機会を奪ったことになる。

ネットでは一部で大変話題になり、かなり感情的な意見が多く見られました。私もちょっと「これは‥」と思って妻に話そう話そうと思いつつタイミングを失し、今朝になって話そうと記事を探している内にちょっと状況が変わっておりました。

記事の翌日に出た、こちらのnoteの文章に対しても様々な意見や批判も出ていました。多くは高知新聞の記事同様、ちゃんと読まずに一部の言葉尻だけ捉えて批判する人が大半でしたが、基本的に私たちはこうしたことをやりがちです。

そこで今回も自分の中での振り返り(と自戒)の意味も込めて書いておきたいな、と思います。

感情を揺さぶられやすい過激な表現の時ほど、一歩立ち止まって考えてみる必要がある。

今回の高知県立大学が行ったことは最善ではなかったかもしれません。ただ、そこまで大きく非難されなければならなかったことなのか、というと、そうとも思えないのです。

何より、最初に接した記事の時点で、私自身もう少し冷静に、一歩立ち止まって考える必要があったのではないか、と思いました。改めて記事の冒頭を眺めてみると、

「知の拠点」をうたって高知市永国寺町に整備が進められている県立大学の新キャンパス。その主要施設の一つである新しい大学図書館で、利用価値のある本が無残に、大量に焼却されていた。長年にわたって県費で購入して蓄積してきた図書財産。燃やして二度と読めなくするという“焚書(ふんしょ)処置”は、それらの本と出合う機会を奪ったことになる。

「利用価値のある本が無残に」「県費で購入して蓄積」「燃やして二度と読めなくするという“焚書(ふんしょ)処置”」

結構過激な表現が出てきます。しかもこの記事、高知新聞の会員にならないと続きが読めない(これはこの記事に限りませんし、どの新聞社も同様ですが)んです。つまり多くの人にとっては「記事のタイトル」と「さらっと流し読みした記事前半部分」と「ネットで拡散された感情的な反応」を見て、自分も感情的に反応して更に広げてしまう、という状態になってしまいます。

天下の新聞社の、それも優秀な記者が綿密な取材によって書いた記事です。これも事実の一側面だとは思います。ただ、振り返ってみると、この僅か500文字程度の記事の一部だけで、それを事実、いや、それ以上に真実であるかのように判断して、感情的に反応してしまった点も大きいのではないか、と感じています。

そして、以前の文章でも触れたように、「これは事実なのか?そうだと信じる根拠はあるのか?」と問いかける前に既に私はこのニュースを事実だと思ってしまっているんです。

「女子受験者を一律減点 東京医大、恣意的操作」。読売新聞が2018年8月2日に報じたこのニュース以降、ネット上でもこの話題が盛んに交わされています。読売新聞に限らず、各種報道機関も続々と取り上げ、またや医療・大学関係の方も発信されていることからも、このニュースが事実である可能性は極めて高いのだと思います。ただ、ここで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。私たちの多くは「これは事実なのか?そうだと信じる根拠はあるのか?」と問いかける前に既にこのニュースを事実だと思ってしまっているのではないか、ということです。

世の中の多くの出来事について私たちは知識も経験もなければ、そもそも普段興味すら持っていない。

あなたは普段図書館をどの程度利用していますか?私は区の図書館は年に数回利用しています。また、大学時代には恥ずかしながらほとんど利用した記憶がありません(今思えば非常に勿体なかった、と思っているのですが)。

もちろん図書館の中の事情なんて分かりません。大学の図書館はとりあえず学費を毎年払っている訳ですから、それなりに考えるかもしれませんが、区の図書館の事情なんてほとんど考えたことがありません。基本無料ですし、必要なときだけ思い出して使う程度です。

例えば今回であれば県立大学ではありますが、私普段別に「県費で購入して蓄積」なんて考えたこともありませんし、言われてみて「確かに県費だなぁ」くらいの感覚です。よく言われる我々国民の血税でなんて、言われもしなければ特に普段その行方(使い途)なんて興味も関心もなければ、そんなこと考えている暇もない(もちろんこれはこれで如何なものかと思いますが)状態です。

要は普段興味ないんです。

そして、普段私たちは自分の仕事で常々感じてきているように、それぞれにそれぞれの事情があります。事情を知らない第三者から見れば間違っているように思えるようなことでも、関係者から見ればそう単純なことではない場合も多々あると思います。当事者になってみなければ分からないような複雑な事情というのは多々あります。

私も仕事とは少し違いますが、この3年余り、毎日のようにChromebookに関する情報を集め続け、メーカーの方たちとも会う中で、ユーザーから見れば納得できない、ダメだと思うようなことでも、単純に批判だけしていれば解決するようなものばかりではないことを感じるようになりました。もちろんユーザーとしては好き勝手言うのは自由ではあるのですが、好き勝手言っていれば良くなるのか、といえばそうでもない事というのは非常に多いのです。趣味として継続して接していれば、誰でも大なり小なりそうしたことは感じることはあるでしょう。

今回のことも普段余程本について、また図書館の本について継続して考えていなければ、正直分からないことも多い。そう考えると、最初の記事の時点でそこまで感情的に、まるで「とんでもないことをしでかした」かのように批判することが果たして良いことなのか。そして、そもそもそこまで酷いのかどうか、私たちはそう確信するに足るだけの情報を得ているのかは非常に疑問です。けれど、私たちはよくこうしたことをやってしまう。

現場を混乱させ疲弊させるのは、普段無関心なのに何かあった時だけ激しく叩き始める無責任な「善良な一般市民」。

「いや、我々がしっかりと監視し、誤りは誤りだと正す声こそが、世の中を正しい方法に変えていくのだ」

そう思う人もいると思います。そうした面も勿論一部ではあるでしょう。

ただ、どうも最近は世の中の大半のことは良くなるどころか、状況を悪化させているだけだと思うようになりました。「善良な一般市民」が一番厄介なんですね。いや、「普段は無関心なのに、こういう時だけ声を上げる」という枕詞が必要かもしれません。

だって、その後も継続して監視し続けて、改善されるまで主体的に関与し続けるなら別ですが、私たちは基本的には

数日経つと飽きて忘れちゃう

んです。忙しいですし、そこまでそもそも興味ないんですから。

けれど、その時に上げたデカイ声だけは、関係者を混乱させ、疲弊させて、いつまでも留まり続けてしまうんです。基本デカイ声を出した者勝ちなところはあるので。

こうした記事が出た時、私たちは思わず感情やその場の雰囲気に流されがちです。ただ、もしそれを周りに伝えるのであれば、ある程度冷静に、立ち止まって一度考えてみる必要があるのではないか、と思っています。勿論意見を言うのは自由です。ただ、一度言った言葉はあとで「ごめん、ナシ」とは出来ません。削除すれば済む問題ではないんです。

もちろん今回の高知県立大学のしたことに関しては、もっと良い方法があったかもしれません。また、事前に出来る準備や対策もあったのだと思います。ただ、それだけでは解決できないような問題も多く含まれています。

情報を受け取る私たちも、単にその場で感情的に反応し非難するだけでなく、その情報を誰かに伝える、拡散することがもたらす影響についても常に意識しなければいけないな、と思っています。

高知県立大学が学長名で今回の件についてHP上で公式の見解を出しています。

高知県立大学が8月18日の時点で重要なお知らせ「高知県立大学永国寺図書館の蔵書の除却について」として公式の見解を出していますね。

除却にあたっては、複数の司書と分類ごとに専門性のある教員が、破損により補修不能であるものや重複しているため保存の必要がないものなど学内規程に定める除却の基準に基づき、除却候補リストを作成しました。その後、全学の教員に確認する工程を繰り返すなど、時間をかけて手続き的にも慎重に行った結果、重複図書約18,700冊、雑誌約12,700冊、書籍約6,600冊、合計約3.8万冊を除却することを決定しました。そして、この決定後、池図書館への配架移転や教員研究室、学生研究室への移管などを行い、大学としての有効活用にも努めてまいりました。

しかしながら、この除却に関しては、県内の公立図書館や大学図書館、県民の皆様などにお知らせして、広く活用の道を探ることも必要であったと考えています。

もちろん様々な意見はあると思いますが、(私も含め)今回反応した方々は、せめてこのくらいは目を通した上で、常に意識するのは難しいとしても、図書館と蔵書、その保管と活用については継続的に見ていきたいものだな、と思いました。

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