少々興味がありまして、雑誌「第三文明」の2月号を購入しました。

電車の中吊り広告などを何の気なしに眺めていて、「お、面白そうだなぁ」と思う時があると結構「第三文明」の時があるんです。
面白そうにも二通りあって、知的好奇心を刺激されるほうです。野次馬根性、のぞき見趣味のほうではないです。
結構センスの良い記事が多いですよね。記事というかタイトルが。下手な週刊誌より遙かに興味を沸かせてくれます。
目次
ただね、恥ずかしながら創価と言うだけで拒否反応がありました。
その後の反応としては、「あ、でも創価か。」
これ、今思えば勿体ないんですよね。その時点で思考停止して切り捨ててしまうのは。学会員の方、ごめんなさい。
一人暮らしを始めると、宗教って良いイメージがないんです。エホバさんはじめ色々な方が時折訪ねてくると、元々新聞の勧誘と合わせて良い想い出がないので。
また、こうしたネットに高校生の頃から貼り付いていましたから。かれこれ20年。自然こういう方面には偏った、けれど変に分かったような顔して切って捨てることが多くなりました。
嫌ですね。ホント。
「創価」と「在日」って分かりやすいタブー。
あまり賢くない人が、思考停止する時、分かったような口をきく時の決め台詞がこの二つです。
「でも創価じゃん」「でも在日だし」
特にマスコミやテレビ、政治の話になると多いですね。何が「でも」なのかさっぱり分からないのですが。
マスコミ、政界には創価が多い、在日が多い、儲けている奴はみんな在日だ。創価に金が流れてる。
何の根拠もなければ、もしそうだとしても「だから何?」って話なんですが、何となく「俺は知ってる」「私は知ってる」気分になってしまうんでしょうね。
でもそこで思考停止しちゃダメでしょ。









