[日常] 平成の名言の一つ「2位じゃダメなんでしょうか?」が批判され、事ある毎にネタにされる世の中の空気こそが、私たちが競争力を失った大きな原因なのかもしれない。

[日常] 平成の名言の一つ「2位じゃダメなんでしょうか?」が批判され、事ある毎にネタにされる世の中の空気こそが、私たちが競争力を失った大きな原因なのかもしれない。

シェアする

スポンサーリンク

今日は平成最後の日ということもあって、まったりと平成の30年史を振り返っている方も多いかと思います。私はなんかいつも通りの月末なのですが、時々流れてくるツイートや記事を眺めては、時折この30年間に思いを馳せています。そんな中で見かけたこちらの記事。

2位じゃダメなんでしょうか

2009(平成21)年の蓮舫さんの名言として何かある度に民主党の失政の代表的な例のようにネットその他で揶揄されることの多いこの言葉。日本が研究の分野でも国際的な競争力を失っていく中で、その原因としても挙げられることの多いのも事業仕分けも含めた予算削減です。もちろん予算削減は大きな問題ですし、大きな原因です。この後、文中でも触れますが金は大事です。でもだからこそ、この言葉について、平成の終わりにもう一度考えてみたいな、と思います。

「1位でなければならない理由」を何故具体的な分かりやすい形で説明が出来なかったのか。納得出来る答が用意出来なかったのか。

蓮舫さんという方の評価も絡んで言葉だけが一人歩きしていますが、よく考えてみると、別に政治の世界に限らず世の中仕事や家族会議でも普通に使われる話だと思うのです。

「なぜ今それが必要なのか。」「別のものでも良いのじゃないか。」「別に買わなくても良いんじゃないか」「そんなことにお金は出せない」「君を支援することで弊社にどんなメリットがあるのか」「なぜそれだけのお金が必要なのか

起業される方なんて恐らく耳にたこができるほどに聞かされることばでしょうし、子どもが親に何か買ってもらうような時でも似たようなこと言われると思うんです。

 2009年11月、次世代スーパーコンピューター開発が俎上に上り、文部科学省や理化学研究所の担当者らが「世界一を取ることで(国民に)夢を与えるのは、プロジェクトの目的の一つ」と説明した。それに対して、「仕分け人」の蓮舫参院議員が「世界一になる理由は何があるんでしょうか?」と聞いた後、「2位じゃダメなんでしょうか?」と発言した。官僚らにとっては意表を突かれた言葉だったのだろう。明確な答えはなかったように記憶する。

子どもが親に支援してもらうなら別です。何だかんだ言いつつも最後には親は子どもの味方をしてくれることが多い。私も散々道理のない、納得のいく説明の出来ないような支援を散々してもらってきた身ですので、非常に申し訳ない気持ちと感謝の念で一杯ですが、それは家族間の話です。でも前述のようなことって普通にあると思うんです。

別に次世代スーパーコンピューター開発が必要ない、と言いたいわけではなく、もし「世界一を取ることで(国民に)夢を与えるのは、プロジェクトの目的の一つ」なのであれば、それが「世界一になる理由」「2位じゃダメな理由」をもっと具体的で、知識のない者にも納得出来る形で説明出来る必要があると思うのです。金を出してもらうのであれば

もちろん全ての人を納得させることは出来ないにしても、少なくとも理解は出来ないなりに、でもそれでも世界一でなければならない理由というのは説明出来なければならない。相手は親じゃないんですから。

「俺は音楽でビックになって世界一になるから働かない。だから生活諸々よろしく。楽器も買ってね。」「よし分かった」の世界じゃありません。

相手は理解する気のない人間かもしれませんが、まったく正反対の場合もあります。意地悪なことを言っているようで、実はその大切さは分かっていて、けれどそれに金を出すためには世間を納得させられるだけの理由がなければならない、と思っているかもしれない(蓮舫さんがどうかは別)。だから具体的な説明を求めている場合もある。仕事でも何でも同じですよね。

事業仕分けされた結果、悪影響が出た事業について、後になって「あの事業仕分けが原因」という声が出ましたが。

失政ももちろん原因にはあるのですが、後に事業仕分けの結果予算が削減され、満足な事業が行えず、それが災害の被害に繋がったことも色々ありました。その度に「事業仕分けが原因」と言われます。民主党が素人集団だった、とか蓮舫さんが無知だった、とか後になって幾らでも言えるんです。でも、この「2位じゃダメなんでしょうか」がそうしたときに嘲笑的に取り上げられる度に思うんです。

それなら何故、そこまで人の生死に関わることなら何故、首をかけてでも予算ぶんどってくるくらいの気概がなかったのか。

もちろん私もすべての事業の内幕を知っているわけではありません。もしかしたら首をかけて予算維持に挑んで敗れ去って消えていった方々がいたのかもしれません。当時そこまで興味もなかったので、現場の方からすれば筋違いの発言、誤解で責められているように感じるかもしれませんし、外野は好き勝手幾らでも言えます。ただ、同様に「2位じゃダメなんでしょうか」が笑い事で済んでいる状況も問題だと思うんですね。

そう考えると、当時は国民も官僚も事業者も研究者も、心の何処かで「1位じゃなくても良いじゃん?」「2位で良いんじゃない?」「私たちはそれぞれ世界に一つだけの花だから」「No.1になれなくても元々特別なOnly Oneだから」と思っていたところがあったんじゃないかなぁ、と思うんです。そう考えると、「2位じゃダメなんでしょうか」、何故あの時あれほど叩かれ、そしてその後もことある度にこの部分だけ切り取られて使われるのでしょうか。

海外における医療支援や教育支援活動も同じです。

事業仕分け当時からそう感じてきたのは、私自身、身内がこの20年近く海外で医療支援活動を行っていたり、大切な知人や友人たちがそれより前からそうした活動を行っているのを見ているからです。基本的に余程のメジャーで大きな団体でもない限り、どこの団体もお金ないんです

例えばイラクで何かある、シリアで何か起こる、そうした度に、その直後は一時的にそこそこのお金が集まりますが、それ以降はパッタリと止みます。こうした支援活動って一発ドカンとやれば解決する話ではなく、現地で信頼を得ていくためには、成果が上がるまでには、かなりの時間がかかります。その間継続していかなければならない。けれど、多くの団体はお金が集められずに活動を縮小せざるを得なくなる、場合によっては活動自体終了しなければならなくなります。

だから活動の合間に帰国しては、全国行脚をしたり、常々ネットで発信し続けていったりします。企業が継続して支援してくれる場合もありますし、外務省などのプロジェクトの一つに選ばれれば、一応それなりに(金額自体は大きくはなくても)お金は下ります。その分、お金を出してくれた方々の意向に沿った支援活動に変化せざるを得なくなりますが。

世間は我々の活動の意義を理解してくれない

なんて泣き言言ってたら続かないんです。意義を理解してくれないなんて言い訳してる暇があったら、金取ってこなきゃいけないんです。でも往々にして世の中、そういう言い訳をしている方々も多くありませんか?

ただ、考えてみたら、理解してくれないどころか、世の中の多くの方はそんな活動自体知りもしなければ、興味も関心もないんですね。日々忙しいですから。でも結構お金集めしてると言われるんです。「金の亡者」とか「支援は金じゃない、寄り添うことだ」とか。寄り添うのが無駄だとは言いませんが、寄り添うってこちらの都合で一時的に気分で寄り添ってればよい話じゃなくて、一生付き合うくらいの覚悟必要なんですけどね。そして、寄り添うにも金要るんですよ。毎日飯食わないといけませんから。

「2位じゃダメ」な理由を分かりやすく伝えられた時、私たちは必要だと感じれば茶化すのではなくお金を出せる世の中でありたい。

もちろん世の中のすべてで世界一になる必要もありませんし、オンリーワンが大切なこともあります。何もかも競争する必要なんてありません。また、すぐに成果が出るものばかりが重要な訳ではない。成果が出るか分からないけれど世の中にとって必要な仕事や研究も多々あります。

そしてそれらを理解してもらうためには、金を得るには、自らが広告塔にならざるを得ない場合もある。メディアに出れば大抵伝えたいことはねじ曲げられ、伝えたいことの半分も伝わらないことが多いのですが、それでも定期的に顔を出し続ける必要がある。何故必要なのか、そもそもそういうものがあること自体を知ってもらう必要があります。だからノーベル賞取ろうが世界チャンピオンになろうが、TVやメディアに出るんです。本出したり、講演会開いたりしてるんです。それを「本職を忘れてる」「本業を疎かにしてる」「あいつは本当の○○じゃない」とか言ってる人時々見かけますが、それが如何に的外れなことなのか、読まれているあなたなら以前からお分かりですよね。

世の中のすべてが「2位じゃダメ」な訳ではありません。けれど、嫌だろうが嫌いだろうが主義に合わなかろうが、「2位じゃダメ」なものもたくさんあるんです。であれば、辛くても厳しくても、その「2位じゃダメ」「世界一になる」理由を分かりやすく世の中に伝えられなければならない。お金を出してくれる人たちに伝えられなければならない。

その時、私たちは茶化すのではなく、

  • 「1位にならなければならない」事業が正しく評価され、そのために必要なお金が集まる。
  • 成果が出るか分からないけれど世の中にとって必要な仕事や研究が正しく評価される。

世の中になるように、必要だと感じればお金を出せる(寄付という意味だけでなく、税金も同じです)ような意識でいたいな、と思います。

今日で平成が終わり、明日から令和になります。

そんな世の中が訪れるように、私も自分が出来ることをしっかりしていきたいな、と思っています。

スポンサーリンク
このブログによく訪れてくださるあなたへ。

このブログによく訪れてくださるあなたへ。

新しい記事があるか、毎回見に来るのは面倒ではありませんか? このブログでは、更新時にあなたのスマホなどにプッシュ通知でお知らせする「Push7」というサービスを導入しています。

登録、解除はいつでも可能です。特に何か会員登録や個人情報等の入力は必要ありません。新しい記事が更新された際にお知らせ致します。 ぜひご活用下さい。

講読を解除されたい場合も上の「講読する」から解除が可能になりました。

シェアする

フォローする

このブログの文章に興味を持たれたあなたへ。

当ブログで書いてきた文章をジャンル毎に分け、加筆・修正してまとめたものをAmazonのKindle書籍にて販売しています。

Kindle書籍、というと「Kindle端末」が無いと読めない、と思われている方も多いのですが、お使いのスマートフォンやタブレット端末でも「Kindleアプリ」を入れることでお読みいただけます。スマホに入れて、いつでも気が向いたときに目を通せる、いつも手元に置いておけるものを目指して書きました。

また、Kindle Unlimited会員Amazonプライム会員の方は、それぞれ無料でお読みいただけます。

現在発売している書籍は下記の4冊です。

「靴ブラシで歩き方が変わる。」

まずは「革靴のお手入れ」と「革靴の選び方」に関する内容に加筆、修正してまとめた、こちらの書籍。

「靴磨き」というと、革靴が好きな方が休日に趣味の一つとして時々気合いを入れて磨くモノだと思われがちです。けれど、私は実際には「靴磨き」と「靴のお手入れ」は別のものだと考えています。

革靴が趣味でない方は靴磨きは必要ありません。ただ、帰宅したら「毎日」、その日履いた靴を「1分間」、靴ブラシで埃を落して布や磨き用のグローブでから拭きしてあげてください。それが本書で伝えたい「毎日のお手入れ」です。毎日の歯磨きや洗顔と同じです。靴に余計なケアは不要です。けれど最低限のケアは必要です。

多くの方にとって「靴磨き(お手入れ)って何も特別なものじゃなくて、毎日の歯磨きや洗顔のような日常なんだな」と感じて頂き、より革靴を身近なモノに感じてもらえたら、と願っています。

「アカウントを持って街へ出よう Chromebookとの365日」

続いて、「Chromebook」に関する文章を一冊の本にまとめました。

Chromebookはまだまだ日本では馴染みが薄いですが、Googleが開発したOSであるChrome OSを搭載したPCです。

海外では特に米国の教育市場を中心に急速にシェアを伸ばしてきています。日本ではAppleやMicrosoftが教育市場向けのモデルを出すと、一般的に「iPad対抗」「Surface対抗」といった感じで一騎打ちのようなイメージを持たれがちですが、実際には海外では低価格で半分以上のシェアを獲得している「Chromebook(Google)対抗」を想定した三つ巴の状態となっています。

本書ではこのOSの特長でもあり魅力でもある、

Googleアカウントのみでどこでも身軽に移動、作業が出来るスタイルの提案であり、Chromebookはあくまでそれを実現するための仮の入れ物の内の一つ

という点をベースに、私が感じる魅力について暑苦しく書き綴っています。

「それぞれの365日 Chromebook会報誌」

「100人いれば100通りのChromebookとの付き合い方がある。それぞれの365日がある。いろいろな人の、いろいろな形の、いろいろな365日を眺めてみたい。」

そんな想いから2018年後半から季刊ペースで出しているのがこちらです。この本は「実際にChromebookを使っている(もしくは興味を持っている)ユーザーたちで作り上げる会報誌」です。

毎回事前に寄稿者やアンケートの回答を募り、それらをまとめて作っています。

是非あなたのスマートフォンやタブレット、Kindle端末などに入れて持ち歩き、気が向いた時に読み返して欲しいな、と思っています。

「1位でなければならない理由」を何故具体的な分かりやすい形で説明が出来なかったのか。納得出来る答が用意出来なかったのか。

事業仕分けされた結果、悪影響が出た事業について、後になって「あの事業仕分けが原因」という声が出ましたが。

海外における医療支援や教育支援活動も同じです。

「2位じゃダメ」な理由を分かりやすく伝えられた時、私たちは必要だと感じれば茶化すのではなくお金を出せる世の中でありたい。

  • 「1位でなければならない理由」を何故具体的な分かりやすい形で説明が出来なかったのか。納得出来る答が用意出来なかったのか。
  • 事業仕分けされた結果、悪影響が出た事業について、後になって「あの事業仕分けが原因」という声が出ましたが。
  • 海外における医療支援や教育支援活動も同じです。
  • 「2位じゃダメ」な理由を分かりやすく伝えられた時、私たちは必要だと感じれば茶化すのではなくお金を出せる世の中でありたい。