20年以上にわたって世界中に供給されてきたロングセラー製品であるとともに、累計生産数では既に30億個を超えるとも言われる、時計ムーブメントのデファクトスタンダード。それがシチズンの「Cal.2035」です。
スイス時計業界においては確かに「ショック」だったかもしれない「クオーツ」の存在は、けれど世の中の人々にとっては「レボリューション」だった。それは安価なクオーツのおかげで社会的な立場を問わず、正確な時間を手に入れることが出来たから。というのは日本が世界に誇る時計ジャーナリスト、広田雅将さんの言葉。
これは確かにその通りだと思います。大量生産は現代では「無駄」や「使い捨て」といった悪いイメージで捉えられ、あまり良い印象を持たれることがないのだけれど、一部特権階級や、更に昔には教会の鐘でしか時間というものを知り、意識することのなかった人々の生活を変えた、それも全世界的に、という意味では、やはりクォーツが果たした役割というのは大きいと思うのです。
日本にいると気付きにくいどころか、スマホもあるし今更腕時計なんて要らない、とか、電波時計じゃないと、なんて思いがちですが、電波時計は一部の国でしか使えません。(世界に6局、しかもその内2局が日本にしか基地局が無い)そうした中で、世界中で愛されている腕時計。その時計に使われているムーブメントの多くに、この「Cal.2035」が今も使われています。
そんな、人々の生活を変えた、時計ムーブメントのデファクトスタンダードでもあるこの機械を搭載した腕時計の一つが今回ご紹介するシチズン、Q&Q Falcon「V722-850」です。
腕時計というよりも「人類のインフラ」の一つとしての時計ムーブメント。
シチズンは日本が世界に誇る時計メーカーの一つでもありますが、社名にチープが付いて格があがるカシオなどと違って、ブランドイメージの低下を恐れてか、日本においては低価格帯の時計にはシチズンであることをあまり広めようとしません。そうしたこともあり、世界の多くの時計の中にシチズンの機械が搭載されていることは、特に日本においてはあまり知られていない(意識したこともない)かもしれません。
「Quality(品質の良いものを)&Quantity(より多くの人へ)」というコンセプトから生まれたこのQ&Qシリーズでも、日本のサイトでは今回紹介するFalconが載っていないのもそうした理由からかもしれません。まぁSEIKO 5もCASIO STANDARDも探すの自体大変ですが。
ブランド時計を作っている、というよりも、まさに前回触れたような「日用品」「インフラ」を提供しているような感覚なのかもしれません。
[1192-201603] 「人類のインフラ」になった時計ムーブメント。シチズンのCal.2035を載せたQ&Q Falcon V722-850に惹かれる。
CITIZEN Q&Q Falcon V722-850
さて、Falcon。もう品番「V722-850」からして既に覚えて貰おうとは思ってもいない素っ気なさです。まぁ、日本では恐らく「Falcon」で良いと思います。
直径約35mmは、大型化した現代の腕時計の中ではとても新鮮。
細腕の私でもベルトに穴を開けなくてもピタッとハマる、そして違和感がない大きさです。私は趣味としての腕時計は別としても、普段使いの腕時計は40mmがギリギリだと思っています。革靴同様、腕時計は単体で目立たせるものではないと思っているからです。腕にしていることも忘れてしまう、けれど常に自分と共にあり、時を教えてくれる。などと書く必要もなく、現在では時間を知る方法は幾らでもある中では、時計はまた違った役割、位置にあるのかもしれません。
腕にしていることすら忘れてしまうくらいの軽さと厚み、更にフィット感は、クオーツが生まれた頃から続く、薄くて軽い腕時計の魅力を今も変わらず伝えてくれていると思います。昔は時計を如何に薄く軽く出来るか、が腕の見せ所でした。
ベルト幅は18mm。付け替えることで雰囲気も変わります。
ベルト(バンド)幅は一般的な18mm。腕時計はベルト一つで大きく雰囲気が変わります。革ベルトは傷むし消耗品だから、と適当に家電量販店などで千円程度のモノを選ぶ方が多いと思いますが、時計に関してはそれは非常に勿体ない。極論を言えば、この時計でも4万円のアリゲーターやクロコのベルトを付ければ、ぱっと見実売1000円には見えません。まぁそんなところで張り合う必要もありませんし、一番はその人となりに大きく左右されることは言うまでもありません。
気負って着ける時計ではなく、気軽にサラリと腕にして欲しい。
こうした時計のレビューにありがちなのが「私は高級時計も色々持っていますが」という余計な一言。要りません。そんなこと口にしてしまう時点で、まだこの時計腕にしても満足出来ないと思います。一時的には勢いで「やっぱり良いね、シンプルの極み!」とか思っちゃうかもしれませんが、その内飽きます。時計に何かを求めている時点では、まだこの時計を腕にするときに気負いや変な意識が混じってしまうと思うのです。
この腕時計を手にしたからといって、他の時計が一切要らなくなる訳でもありませんし、時計探しの旅が終わるわけでもありません。普通の時計です。
だから気負う必要もありませんし、この時計じゃ恥ずかしいなぁ、という気持ちがどこかにあるのであれば、無理して買う必要もないと思います。
ただ、高級時計と格安時計、みたいな分け方をしている内は楽しめない、この時計なりの魅力があるのは確かです。
今も世界中で非常に多くの人の腕で意識されずに動き続けている時計ムーブメントたち。
これだけスマホが普及し、(却って街から時計が消えましたが)腕時計の存在が薄れている中でも、世界では今も普通に腕時計が愛用されています。その国々、地域によって相性の良いムーブメントがあります。供給面も関係してくるでしょう。クオーツが良い地域から、機械式のほうが使いやすい地域まで様々です。
腕時計のモデル単体でのベストセラー、CASIO F-91W(Cal.QW-593)
電卓のカシオ、デジタルのカシオといえば、世界的にはまずこのモデル、F-91Wです。
アメリカのあるジャーナリストが「アメリカではいわゆる高級時計は売れない」と嘆いていた。「アメリカ人が時計に求めるのは、頑強さと正確さのみ」と彼は断言した。「理由はなぜだと思う?」「わかりませんね」「ウォルマートで売っているカシオのせいだよ」。
もはや人類のインフラだ カシオ F-91W – 時計のセカイ – 朝日新聞デジタル&M
私が書くと暑く「もうっ、もうっ!」で終わっちゃう文章も、プロのジャーナリストが書くとこうなる、という素晴らしい見本。今までにこのモデル単体で億は超えたと言われます。実際世界のカシオにまつわる伝説から面白ネタまで日本よりもむしろ海外には溢れているくらい。世界の腕時計の常識を変えたといっても良いかもしれません。
中の時計ムーブメントはQW-593。まぁ一般的にこの品番を意識することはないとは思いますが、ふとこうした中で動いている機械に想いを巡らすのも楽しいと思います。
50年以上、途切れることなく世界で使われてきた時計、SEIKO 5(Cal.7S)
日本では一時期、「もう機械式なんて要らないでしょ。クオーツあるし。」とばかりに開発を中断させてしまい、途絶えてしまった機械式ですが、世界ではSEIKOはその間も変わらず作り、展開させ続けてきました。クオーツよりも機械式のほうが使い勝手が良い地域や国というのもあるのです。そんな細く長く今も愛され続ける腕時計、それがSEIKO 5です。
大きく爆発的な人気が出ることもありません。中国人の爆買いもありません。けれど、これからも地味に細く長く続いていくもの。それが日本の腕時計であり、高級腕時計が迷走したとしても、このSEIKO 5やCASIO STANDARDは迷走することすらないでしょう。
[腕時計] 日本で暮らしていて「ありがたいなぁ」と思う日本製品の素晴らしさ。今回は主に腕時計について語る。長いよ。
海外では様々なモデルが愛用されているのがSEIKOの魅力。むしろ海外でこそ評価が高いとも言えます。
時計好きならご存じ、名機7S。5千円の時計から5万、7万といった時計にまで使われてきたこの機械の思想や設計は、他の名キャリバーなどにも受け継がれています。最近はSEIKO 5でもこの7Sは役目を終えて新しいムーブメントに移行しつつありますが、世界の自動巻を支えたこの名キャリバーは手元に置いて、これからも愛用し続けたいと思います。
累計生産数30億個超。黙々と世界の腕時計の土台を支え続ける、CITIZEN Cal.2035
そして今回取り上げた「Cal.2035」です。存在を主張することもなく、世界中の腕時計の中で黙々と動き続けるムーブメント。腕時計を特別なモノではなく、意識することもない、常に身近にある日用品に変えたもの。人々の生活を変えたもの。
地球上で最も勢力が大きいのが人間ではなく昆虫であるように、世界中で地味に腕元を支えているのは、本当はこうしたSTANDARDな時計なのかもしれません。それが気軽に日本でも買えるということ。そのありがたさを、是非しみじみと感じて欲しいな、と思っています。
これからも変わらず世界で愛用され続けるこれらの機械を、気負わず気軽に楽しめたら良いな、と思っています。