世の中的にはお盆休み、というところも多いと思いますので、そんなこの時期、ちょっと折角なので「日常生活には特に役には立たないけど、知っておくとどこかで役に立つかもしれない」話題を取り上げてみたいと思います。
尚、この話題、過去に何度も取り上げていますし、また一から書くのも長くなりますし、この文章は研究論文では無く個人のブログに過ぎません。
ですので、読んでいて更に興味を持たれた方は、ご自身の視点(興味を持たれた部分を中心に)で問題意識を持って調べて頂けると、結構楽しいと思います。
どちらかというと、間違いを正す!というよりも、「あ、そういうものなんだ」と思って、これをきっかけに自分の身近なもので調べてもらえたら嬉しいな、と思っています。
今回はミルスペック準拠、つまり「MIL-STD-810」という何となくイメージは出来るけど、実際は良く分かってない横文字について、です。
「MIL-STD-810」準拠と聞くと何となく頑丈な気がするけど、意外と良く分からない規格。
さて、ミルスペック、MIL-STD-810です。
ちょっと毎回両方出すと長くなるので、この文章では以後「MIL-STD-810」で統一させてください。で、これ、一般的には「アメリカ国防総省が調達する物資に対して、過酷な環境でも問題なく利用できるように定められている品質基準」みたいな説明のされ方がされています。
で、軍で調達されるために定められた厳しい基準をクリアしたってことだから、何となく過酷な使用状況にも耐えられるんだろうな、ミルスペックだし、みたいなイメージだと思うんですね。
で、このブログでは取り上げることの多いChromebookにも、この「MIL-STD-810」という文字が盛んに出てきます。特に最近はGIGAスクール需要で学校で導入されることも増えましたし、これが付いていると子どもが乱暴に扱っても何となく安心なイメージを生みやすいんだと思います。
ちなみに全然そんなことがないのは、後半で少し触れたいとは思いますが、ただ、とはいえ、「MIL-STD-810」準拠ですらないモデルよりは確かに安心感があるのは確かです。
ただ、結構不思議に思ったことありませんか?
例えば、Chromebookでもハイエンドのモデルだと、軽量だったり、普通に「これ買うならWindows PCやMacBook買った方が良くね?」って言われちゃうような、質感も含めてハイスペック、見た目もカッコイイPCも、スペックを見ていくと「MIL-STD-810」って付いてるんです。
どう見ても壊れそうなんだが。
というか、普通に使ってても傷とかガシガシ付いちゃいそうだし、落としたら液晶割れちゃいそう。
いや、学校で導入されることの多いような、何か見た目もG-SHOCKまではいかないまでも、ラバーのバンパーみたいなもので覆われてて、耐衝撃もありそうなゴツいデザインなら、ハッタリ、見かけ倒しかもしれないけど、何となく気持ち的な安心感はあると思うんです。でも例えば、ASUSのハイエンドChromebookであるCX9(CX9400)も・・
まぁ色味的にも、また一応アルミ合金使って14インチながら1.18kgという辺り考えても、素材的に硬いのかもしれないけど、「米国軍用規格MIL-STD 810H準拠の耐久性を備え(製品ページより)」と言われると、ホントに大丈夫か、と思っちゃうわけです。だって、先ほどのイメージで言えば、
このCX9を学校で子ども達に使わせても、雑に扱わせてもミルスペックだし安心
ってことだからです。
と、ここまでで既にツッコミがありそうな気がします。
「別に壊れないとは言ってないじゃん」と。
「製品の信頼性・品質を保証する1つの目安」であって、その状況での無破損・無故障を保証するものではない。
そうなんです。
別に壊れないとはメーカーも、この「MIL-STD-810」もひと言も言ってないんです。
そこで、ようやく本題に移るわけですが、この「MIL-STD-810」という規格。ちょっと原文を探してくるのも、そこから訳したり、と大変なので、この試験を行っている(メーカーは基本的に第三者の検査機関で、このMIL-STD-810に基づく試験項目の中から幾つかを依頼して行ってもらっている)機関のサイトから引用してきます。
MIL-STD-810 概要 | MIL-STD-1553.jp
MIL-STD-810は、米国防衛装備品のための温度、湿度、高度、振動、衝撃、耐水などの過酷な環境条件に即した実験室による試験規格です。 すべての項目に対しての試験を実施する必要は無く、使用される製品に要求される環境仕様によって、試験項目/試験内容を選択できます。 製品の性能表記は、MIL-STD-810の試験をパスした項目のMethod番号、Procedure番号、簡単な試験数値をデータシートの環境性能欄へ記載するのが一般的です。
以下の表は、MIL-STD-810の各リビジョンの試験項目を一覧にしたものです。現在の最新版は、2019年1月発行のリビジョンHです。
要は、実験室による試験規格であり、使用される製品に要求される環境仕様によって試験項目、内容を選択できる、という訳ですね。
なので、まず一つ目として「MIL-STD-810」と書かれていても、製品によって、またモデルによって、想定している状況が違うので、試験項目も違うわけです。
で、メーカーってどの検査を行っているのか、検査項目をしっかり記載しているところばかりでもないんです。所詮製品ページですし、書かなければならない義務は無く、あくまで付加価値に過ぎないからです。
なので、先ほどの話で言えば、学校向けに想定しているChromebookとビジネス向けに想定しているCX9(CX9400)では試験した項目や項目数が全然違ったとしても、どちらも正しく「米国軍用規格MIL-STD 810H準拠の耐久性を備え(製品ページより)」なんですね。嘘はまったく付いてません。
ちなみにDynabookのサイトでは、どのPCにどのテストを行っているのかも含めて記載されています。
アメリカ国防総省制定MIL規格(MIL-STD-810G)に準拠したテスト | dynabook(ダイナブック公式)
この場合は、敢えて検査項目を表に出すことで、その耐久性を見た目的にも安心感に繋げて付加価値に繋げていくパターンですね。
「我々はこんなテストを行っています。こんな厳しいテストを行っていることが我々の製品の強みです。」と。これも1つの戦略ですね。
といっても、別に製品ページに検索項目などを書いていないASUS JAPANが誤魔化している、とか、そういう話じゃ全く無いです。
実際、以前レビューした学校向けの耐衝撃モデルについては、確か製品ページではなかったですが、製品パンフレットに、試験内容の一覧が細かく載っていました。
また、これも同じく教育現場向けのモデルなんですが、Dellの製品でも、パンフレットにはホント細かく記載されていただけでなく、+αでDell独自の「学校現場で想定されうる状況」においての試験というのを行っています、ということもアピールしていたので、これらは単に「製品ページにいちいち書いてないだけ」とも考えられます。
製品ページだといちいちそんな細かい部分載せるより「MIL-STD-810」って載せておけば十分とも考えられますから。
で、少し脱線してしまったのですが、先ほどの「別に壊れないとは言ってないじゃん」について。
そうなんです。別にこれらは実験室で試験を行ってパスした、というだけで、壊れないことを保証している訳ではないんです。
先ほどのDynabookのサイトからまた引用しますが、それぞれの試験項目についてアピールした後で、その下に「*」で、
MIL規格に基づいて、一部当社が設定した試験条件に従い試験しています。
無破損、無故障を保証するものではありません。
これらのテストは信頼性データの収集のためであり、落下、衝撃、振動または
使用環境の変化などに対する製品の耐久性をお約束するものではありません。
また、これらに対する修理費用は、保証期間内でも有料になります。
とクドいくらいに、検査項目毎に繰り返し記載されています。
そうなんです。別に「無破損、無故障を保証するものではなく」「信頼性データの収集のため」であって、「耐久性をお約束するものではない」んです。(もちろんだからといって、壊れる、という意味ではありませんが。)
あくまである状況を想定した「試験」結果であって、世の中全く同じ状況が起きる訳ではない。
更に言えば、要は「試験」なんですね。なので、基本的に項目の条件通りの環境でしか試験はしていない訳です。
例えば「粉塵テスト」であれば、確かに実際の現場の状況以上に激しい粉塵を6時間吹き付けているかもしれませんが、試験なので例外的な吹きつけ方や粉塵の種類を色々分けたり、その中で同時に別の作業を行ったり、ということは出来ません。だって、それじゃ項目の条件とズレてしまうからです。試験になりません。
また落下テストなどの耐衝撃についても、「○mの高さから」とか「○度の角度で」みたいな条件があるわけですが、これも当然かなり精密に行われているので、「ちょっと○センチ高くなっちゃった」とか「○度ズレちゃった」みたいなことも起きなければ、「○回落下させた場合」も同様で、落下させる条件も決まってるわけです。基本的には機械で行うので、そこまで条件とズレることはない。
って、「そんなの当たり前だろ。」と思われるかもしれませんが、ネットを眺めていても、また全く製品的には別のものではあるんですが、販売している現場だと、普通にクレームで来るんです。
「76cmからの落下試験行ってるって書いてあるけど、20cmくらいから落としただけなのに壊れた」って。
スマホでもありますよね?
「前のスマホは1mくらいの高さから落としても液晶割れなかったのに、今回のこのスマホは10cmくらいから軽く落ちただけなのに割れた。だからこのスマホは製品品質が悪い。明らかにコストを落とした不良品。」みたいな意見って、レビュー等眺めていても結構出てきます。
先ほどのDynabookでも、26方向から76cmの高さでの落下試験を行いました、といっても、その試験環境では大丈夫だったとしても、実際の現場では何が起こるか分かりません。自宅で30cmくらいの高さから手が滑って落としただけでも、精密機械ですから壊れる可能性は0ではないんです。
耐久テスト、その4。正直無茶苦茶怖かったです。辛かった。腰より上の高さから、開いた状態でそのまま落下。で、良い音しましたが、やられました。ちゃんと閉じなくなりました。でもね、キーもタッチパッドも液晶も普通に反応するし、その点では何もなかったように動いてます。で、音の理由を次に。 pic.twitter.com/vdfB8VFz30
— おふぃすかぶ.jp (@OfficeKabu) June 24, 2019
また、先ほど少し触れましたが、「MIL-STD-810」はあくまで「一般的にアメリカ軍が調達する物資の調達に対して過酷な環境でも問題なく利用できるように定められている品質基準」です。
そのための検査項目に過ぎないわけで、学校の現場での子どもの使い方を想定している訳ではありません。
だって、検査項目に「鉛筆やシャープペンシルを挟んだ状態で本体を閉じて、その上に体重をかける」とか「USB-C端子にシャープペンシルの芯を詰め込む」みたいなものはありません。
もちろん「MIL-STD-810」が安心感に繋がり、気軽に使えることに繋がるので、価値はあると思っています。
ということで、今回は「MIL-STD-810」について書きました。ただ、もしかしたら多くの方にとっては「当たり前のことしか書かれてなかった」「大したこと言ってない」と思われたかもしれません。
そう思ってもらえたのであれば、私としてはむしろ良かったのかもしれないな、と思います。
ただ、世の中、それでも先ほどのようなクレームってメーカーやお店には山ほど来ますし、(頭では分かっていても、やり場のない怒りを発散させたいだけだとは思いますが)「ミルスペック準拠とか言ってるけど、○○の製品ってすぐ壊れるから不良品。二度と買わない。」みたいな書き込みは幾らでも目にします。
「MIL-STD-810」って、言い方は悪いし極端かもしれませんが、「モンドセレクション受賞」と同じようなモノなんです。
格付けというか、付加価値というか。一定の目安かも。でもそれが悪いわけでは無く、それが製品の安心感に繋がるし、品質への信頼にも繋がる。
「MIL-STD-810」って付いていれば、何となく頑丈な気がするので、付いていない製品に比べれば、多少雑に扱っても壊れない気がして、より使いやすくなります。
「壊れたらどうしよう」「傷が付いたら嫌だな」って思う気持ちって、製品を大切にする上ではとても大切だし、それが長く使えることにも繋がるのですが、心配しながら、気を遣いながら遣うのって、疲れるし、それが結果として「何となく使いにくい(気を遣って面倒くさい)」ってなってしまう時もあります。
その辺りは人次第だし、「MIL-STD-810」が購入の動機や、使う上での安心感に繋がることも多いと思っています。
今回の文章は「MIL-STD-810」を叩きたい訳では無く、冒頭でも触れたようにお盆休みのお暇な時間潰しの1つとして、「日常生活には特に役には立たないけど、知っておくとどこかで役に立つかもしれない」、そんな小話として書きました。また、これをきっかけに「あ、そういうものなんだ」と思って、これをきっかけに自分の身近なもので調べてもらえたら嬉しいな、と思っています。