[旅する鞄、靴、時計] 02 ー 吉竹 めぐみさん(写真家)17年に渡り沙漠の民ベドウィンを撮り続けた写真家の側にあったモノたち。(後編)

[旅する鞄、靴、時計] 02 ー 吉竹 めぐみさん(写真家)17年に渡り沙漠の民ベドウィンを撮り続けた写真家の側にあったモノたち。(後編)

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私自身が以前から(その方自身やその方の携わっていることが)気になっていた方に「インタビュー」と称してお近づきになり、その方の活動とコダワリのあるモノにまつわる話を伺いつつ、あわよくばお友だちになってもらおう、というシリーズ「旅する鞄、靴、時計」。今回は前編後編(今回)の2回に分けて、国内外で写真家として活動されている吉竹めぐみさんにお話を伺いました。

(註:吉竹めぐみさんの「吉」という字は本来上が「士」ではなく「土」なのですが、この字が環境依存文字のため、表示されない可能性もあり、文中ではすべて「士」のほうの「吉」を仮に使わせていただきます。)

写真は吉竹さん提供。

「シリアの沙漠」で生活する「ベドウィン」の、ある家族の元に紛争前まで17年間通い続け、その暮らしと笑顔を撮り続けてきた吉竹さん。今回も引き続き、ベドウィンの家族の元に通う際に持っていくモノとそれにまつわるお話を伺っていきます。

シリアの沙漠で生活するベドウィンのある家族の元に、紛争前の1995年から17年間通い続け、その暮らしと笑顔を撮り続けてきた世界で唯一の写真家がいます。それが吉竹 めぐみさんです。自身をカメラマンではなく写真家であると言うご自身の想いと合わせて、吉竹さんの旅のスタイルを共に旅した様々なモノを通して見ていきたいと思います。

沙漠の民ベドウィンを撮り続けた吉竹さんの側にあった鞄、靴、時計、そしてモノ。

写真は吉竹さん提供。

前編では、吉竹さんがベドウィンの家族のところに通う際に持っていくモノの中から、特に仕事道具でもある「カメラ」とそれらを持ち運ぶための鞄、そして写真を撮るときの想いについてご紹介しました。

今回は腕時計や靴など身の回りのモノから、吉竹さんの旅に欠かせないモノまでご紹介したいと思います。

吉竹さんと旅する靴(旅靴) – 一日に何度も家(テント)に靴を脱いで入るので、脱ぎ履きがしやすく、また砂の入りにくい踝丈のスリッポンタイプ。

さて、そんな吉竹さん、沙漠ではどんな靴を履かれていたのでしょうか。靴好きの私としてはこの点は気になって仕方がないところなのですが、当初伺った時には

「手元に残ってないし、特にこだわりがあったわけでもないからなぁ・・」

と言われていたのですが、私はどんな方でも意識・無意識関係なく、何故かそれを選んでしまう理由というのがどこかにあるはずだと思っています。使い勝手が悪ければ毎回使いません。また選ぶ際には何かを無意識に基準としているはずです。ということで伺ってみたところ、

吉竹さんの履かれていた靴のイラスト

「今手元にないんだけど、こんな感じの靴をいつも履いてました」と描いてくれた靴のイラスト

「スニーカー等、紐が付いているのもは、とにかく砂が入り込んで来るので使用しません。
家(テント)に入る時は靴を脱ぐので(日に何度も)、脱ぎ履きが面倒な靴も履きません。
なので自分のジャストサイズより1つ上の、表面に飾り等がないシンプルなつるっとした、踝丈のスリッポンの靴を履きます。」

とのこと。前回伺ったアマゾン熱帯魚の研究者である池田 威秀さんが「現地では川に入るときなどにはサンダルに履き替えることも多いので、なるべく「すぐ脱ぎ履きが出来る」ことが大切」と言われていたように、沙漠で気になるへの対策とすぐ脱ぎ履きが出来ることは大切な要素なんだな、と感じました。

吉竹さんの靴

後日吉竹さんが現地での写真を引き伸ばしたモノを送って下さいました。

吉竹さんと旅する時計(旅時計) – 20年以上使っているロレックス GMTマスターⅡ。もちろん日本では「シリア時間」で。

以前からシリア関連のイベントで吉竹さんとお会いするたびに、左腕に見える使い込まれたロレックスの時計がとても印象的でした。いつお会いしてもその時計を腕にされているのです。そしてそれがとても似合っていた。頑張っている感が無い、無理している感が無い、もう腕の一部のように自然にそこにあるその時計。

ただ、海外は日本に比べれば基本的には治安は良くはありません(というと語弊がありそうですが、日本ほど「どこを何時に一人で歩いていても基本的に安全」というレベルとは明らかに違います)。余程マイカーや社用車等での移動が多いのでもない限り、高い時計を避ける、という方も多いようです。ただ、その反面、海外の方は旅行や出張時にもロレックスを好まれます。理由は実用性だけでなく、世界のどこであっても換金性が高いということ。趣味ではなく実用性も兼ねているんですね。

ということで、だいぶ前から私は「きっと何か想いや拘りの詰まったロレックスなんだろうなぁ」と思っていました。

吉竹さんの愛用時計

25年以上愛用されているROLEX GMTマスターⅡ

ロレックスのGMTマスターⅡです。吉竹さんはずっと憧れていたこのロレックスを20代で仕事を始められた頃に購入され、それから20年以上、国内外問わず、ずっとこの時計だけを使い続けて来られたそうです。

ロレックスというと日本では高級時計(もちろん高額ですが)のイメージがありますが、世界的にはよくある雲上ブランドのような宝飾時計の類ではなく庶民の労働時計(実用時計)でもあります。

吉竹さんの時計のブレス

しっかり使い込まれたブレス部分。
もちろん時々オーバーホールにも出されているそうですが、この傷は愛用し続けていることを物語っています。

私も10代後半~20代前半にかけてロレックスに憧れたことがありました。ただ、それはただ単にTVや雑誌で押し出された広告イメージに憧れ、ブームに乗せられていただけでした。そういう人間は例え手に入れてもブームが過ぎ去るとあっという間に手放していきます。

吉竹さんのGMTマスターⅡは日本ではGMT針はシリア時間を指しています。そして、毎日愛用されています。「ずっと憧れていたこのロレックス」と20年以上、共に出来るということ。それは時計マニアだ靴マニアだと偉そうなことを言っていても、結局私にはなかなか出来ずにいることでもあり、とても羨ましく思っています。実用時計としての役割をしっかり果たしながら、常に吉竹さんと共にある腕時計。これからも国内外問わず吉竹さんの腕で動き続けていくのだろうな、と思います。

吉竹さんと旅する携帯電話(旅電話) – 今は亡き心から敬愛する恩師、折田魏朗先生から頂いたノキアの携帯。

海外旅行ではすっかりお馴染みになったSIMフリー携帯とスマホ。先ほど「最近ベドウィンの一部の家族とFacebook上で再会した」という話を書きましたが、それではシリアでは、沙漠ではどんな携帯やスマホを使っているのでしょうか。

NOKIAの携帯電話。

アレッポに住んでいた、今は亡き心から敬愛する恩師、折田魏朗先生から頂いたノキアの携帯。

まず出てきたのは懐かしのNOKIAの携帯電話です。現地の物で、アレッポに住んでいた今は亡き心から敬愛する恩師である折田魏朗(ぎろう)先生から頂いたモノだったそうです。それ以来ずっと、最後にシリアを訪れたのは2011年とのことですが、その時までシリアではプリペイドの現地SIMを購入して使っていたそうです。

折田魏朗先生は鹿児島大学で獣医となり、日本獣医師会からの要請もあって、海外技術協力事業団の一員としてシリアに渡られた方です。シリアでは動物の衛生や栄養を扱う研究所のトップ、獣医として44年間、2008年に亡くなるまで暮らし、シリアの牧畜業にも多大な貢献をされ、シリアでは知らぬ人のいないほど有名で、またベドウィンから神様とまで言われていた方だそうです。

実は最初に中東を訪ねるときに、ある大学のまた別の先生から「シリアに行くなら、シリア第二の都市アレッポに折田魏朗(ぎろう)という人がいるから訪ねなさい」と言われていたんです。

(中略)

折田先生は長年、羊の育成に取り組んでおられ、羊を飼っているベドウィンから神様とまで言われた方。それで、今回写真集に収めたベドウィン家族に出会うことになった・・・それが20年前の1995年です。今のわたしがあるのは、すべて折田先生のおかげ。本当にお世話になり、可愛がっていただいて、心から敬愛していました。

心から敬愛していた方から頂いた携帯電話。それは使う使わない以前に、やはり吉竹さんのシリアとの日々においてはとても特別なものだったのかな、と思います。

私も多くの方のお世話になり、かわいがっていただいたはずなのに、失礼なことに「この方がいたから今の自分がある」とハッキリと言える出逢いがすぐには思いつきません。もちろんそれは単に私が覚えていない、意識していないだけで、これから先、ある時振り返ってみれば「あの方がいたから」という様々な縁に気づくことになるのだと思います。ただ、そんな不義理な自分のことを思わず振り返ってみてしまう、そしてちょっと胸が苦しくなる、そんなお話でした。

吉竹さんと旅する財布(旅財布) – お札を入れる部分が多いのが気に入っているカタログハウスの財布。

旅先でのお財布に関しては、私は結構悩みます。未だに自分の中で定まっていません。盗難や強盗も想定すると、果たして1箇所に集めるのが良いのか、また毎回財布を出した方が良いのか、あまり目立たない方が良いのではないか、等々いろいろ考えてしまいます。そうしたこともあってつい他の方の財布が気になってしまうのですが、

吉竹さんの旅財布。

吉竹さん愛用のカタログハウスのお財布。

吉竹さんが愛用されている旅財布はカタログハウスで見つけたモノ。ちなみにパスポート入れはJALショップで購入されたそうです。やはり旅系の道具はこうしたところのほうが思わぬ良品に出会えるのかもしれません。

吉竹さんの旅財布。

お気に入りの一番の理由はお札を入れる箇所が多いこと。

お気に入りの理由は「お札入れが多い」こと。確かにこのコンパクトなお財布、お札入れが多いのです。更に、「シークレットポケット」もあるのも気に入っているとか。

吉竹さんの旅財布。

普通にお札入れ部分が多いだけでなく、フタ付きの隠し札入れ部分もあるのもお気に入り、とか。

このお財布も含めて、吉竹さんの旅モノには「東急本店のベビー用品売り場で」「カタログハウスで」「JALショップで」「100円ショップで」といったモノがたくさん出てきました。これはモノにこだわりがない、ということとは違って、旅をするのに、自分の目的を達するために、何も名の通った、特別な一点ものが必要な訳では全くないということだと思っています。

旅スタイル特集、というとつい特別なこだわりの一点ものやあのお洒落な○○の△△みたいなものが並びます。まるでそうした物に出会えなければ、またそうした物をしっかり探さないと旅自体出来ないのではないか、と思えるほどです。けれどそれでは目的と手段が逆です。

吉竹さんのモノを一つ一つ眺めていくと、17年間に渡って(紛争が始まらなければ今も継続して通われていることでしょう)シリア、ベドウィンの家族を訪れることが生活の一部として自然に溶け込んでいることを感じます。そこに過度の気負いや張り切り、意識的なこだわりのようなモノはもしかしたら邪魔なだけかもしれません。毎日を過ごされるように、その中にベドウィンの家族との生活も一部として普通に存在している。そんな風に感じました。

吉竹さんと旅するノート(旅ノート) – 背表紙のしっかりしたノート。そして今では絶版の「地球の歩き方 旅の会話集10」

吉竹さんは旅先ではどんなノートを使われているのでしょうか。旅先で出逢ったモノ、コト、人、出来事。そうしたものを何に書き留めているのでしょうか。こんな時、単なるモノマニアに過ぎない私はつい「トラベラーズうんたら」みたいな何かをイメージしてしまいがちなのですが・・

吉竹さんの旅ノート。

marumanのBoston Noteと三菱の油性マーカー「ピース」そしてボールペン。

一部の文房具好きから評価の高いマルマンのボストンノートが出てきました。最近では結構入手するのが難しかったりするのですが、決め手は「背表紙が固くてしっかりしているから」。「油性マーカーとボールペンも普通にあるのを使ってます。」とのことでした。

私が吉竹さんらしいというか、この後の「欠かせないモノ」とどちらに加えようか迷ったくらい今回のモノで印象的だったのが、既に絶版になってしまっている「地球の歩き方 旅の会話集10 アラビア語/英語 エジプト・シリア・モロッコ方言」です。

「地球の歩き方 旅の会話集10 アラビア語/英語 エジプト・シリア・モロッコ方言」

絶版が悔やまれる「地球の歩き方 旅の会話集10 アラビア語/英語 エジプト・シリア・モロッコ方言」

一応今もAmazonには中古ながら取扱い(セラー)があるようです。これの魅力は写真にもあるように「シリア方言」が入っているという点。

「地球の歩き方 旅の会話集10 アラビア語/英語 エジプト・シリア・モロッコ方言」

シリア方言が入っているのが貴重ながら、実際にはベドウィンの家族と会話するときにはそれでも通じない言葉が多々あるそうです。

「地球の歩き方 旅の会話集10 アラビア語/英語 エジプト・シリア・モロッコ方言」

常に前述のカメラマンベストのポケットにペンと一緒に入れられていたのでしょうね。

ただ、それでも実際にベドウィンの家族と会話をしてみるとそれでも通じない言葉がたくさんあり、その都度この会話集には吉竹さんが手書きで言葉を書き加えています。

「地球の歩き方 旅の会話集10 アラビア語/英語 エジプト・シリア・モロッコ方言」

しっかり使い込まれていることが分かる会話集。吉竹さんの旅を最も象徴する印象的なモノでした。

前述のカメラマンベストのポケットの中にはペンと一緒にこの会話集が常に入れられ、書き加えられ、テープで補強され、使い込まれてきたんだろうな、と思います。一般的な「地球の歩き方」は年月と共に情報が古くなっていくため役に立たなくなってしまうのですが、会話集は別です。時を重ねるにつれ、関係を深めるにつれてますます欠かせないモノになっていくのだと思います。

これ、アラビア語に興味ある方は(普段愛用している会話集とは別に)持っていても良いのではないか、と思うくらい私自身が惹かれてしまいました。

また、これも「欠かせないモノ」ではあるのですが、少し他の「欠かせないモノ」と意味合いが違うので、こちらで挙げますが、

新約聖書

聖書です。旧訳が入ると分厚くなるので新約聖書のみだそうです。

聖書です。吉竹さんはクリスチャン(プロテスタント)です。沙漠に限らず旅行の際は必ず持参し、毎日読むそうです。旧訳聖書が入ると分厚くなるので新約聖書のみだそうですが、先ほどご紹介したカメラマンベストのポケットにも入れておき、常に肌身離さず持ち歩いているそうです。

吉竹さんの旅に欠かせないモノ(旅モノ) – 意外と愛用者の多い、赤ちゃん用のウエットティッシュ。

これ以上まだ何かあるのか、という(それでいてそれ程モノ自体多いわけではないのですが)くらい書いてきましたが、最後に旅に欠かせないモノをご紹介したいと思います。

それが「赤ちゃん用のウェットティッシュ」です。結構海外を多く旅される方に愛用者の多いのがこの「赤ちゃん用」のウェットティッシュです。ウェットティッシュ自体は例えば海外で屋台や食堂などで出てきたお皿や箸、スプーンなどをサッと拭くことで食あたりのリスクをかなり軽減できたり、手を洗えない場所やちょっとしたときに重宝するので愛用者も多いと思います。海外だと意外と手に入らないのも特徴です。

ただ、最近旅慣れている方の話を伺うたびに出てくるのがこの「赤ちゃん用」。吉竹さんもやはり愛用されているようです。

理由としてはまずは「分厚い」ということ。厚みもあって、大きさもそれなりにあるので、身体を拭いたりするのにも重宝します。そして「赤ちゃんにも使えるということで身体に、肌に優しいこと」です。成分の99.9%が水で、余分な物は入っていないので、元々赤ちゃんのお口に入ってしまっても安心(飲み込んだら危険ですが)な成分で出来ています。安心の理由。これで毎日顔を拭き、指に巻いて歯も磨くそうです。

水を自由に使える日本と違い、沙漠の中ですので、こうしたウェットティッシュはとても重宝するそうです。水にも流せてゴミにもならず、というのもポイントです。

同じく重宝するのがトイレットペーパーとのこと。トイレットペーパーは芯を抜いて潰して2~3個持って行き、それを適当な量に巻いてポケットに入れているそうです。

私も海外に行くときには通常のティッシュペーパーよりもトイレットペーパーが重宝しています。実際、日常生活でも風邪をひいた時にも鼻をかむにはティッシュよりもトイレットペーパーのほうが肌に優しいので助かります。水に溶けるのも良いですね。

「カメラマン」ではなく「写真家」であるということの想い。

写真家 吉竹めぐみ さん

吉竹さんはご自身のことを「カメラマン」ではなく「写真家」と言われています。

今回この文章を書くにあたって、吉竹さんにご自身のことをどう表現されているのか伺いました。改めて今回こうしてお話を伺うまで、私は吉竹さんのことを特に意識することなく「カメラマン」だと思っていました。言葉の深い意味は考えてはいませんでした。

けれど、吉竹さんはハッキリと言われました。

私はカメラマンではなく、写真家です。

この言葉がとても印象に残っていて、後日改めて吉竹さんに伺いました。ここは敢えて吉竹さんから伺った言葉をそのまま載せたいと思います。

「シリアの写真を撮っていると言うと、よくフォトジャーナリストと言われます。
私はニュース性と客観性を求められるジャーナリズムの写真を撮っている訳ではありません。

シリアに初めて行った1987年、ベドウィンの家族を撮り始めた1995年、シリアは平和で豊かでした。乱暴な言い方をすれば、撮影した場所がたまたま紛争地になってしまった。だけです。沙漠とアラブ世界に魅せられ、それらを表現したいとの思いから写真の道を目指しました。なので私の写真は自分の想いや考えがたっぷり詰まった、主体的な写真です。

おこがましいですが、画家がキャンパスに絵を描く様に、作家が原稿用紙に文字を書く様に、私はフレームの中に、写真の中に、自分の想いを描きたいと思っています。一枚一枚が一つの作品。一枚性を追求しています。互いの写真が互いを説明する写真ではなく、一枚で終わる写真を作品を作り出したいと思っています。

絵や文章は作家がゼロから作り上げるものですが、写真は違います。写真に写るものは現実にあるのもで、目の前にあるものしか写りません。でも音も出ないし動きません。

でもシャッターを切った時その中に入っているものは今までの時の集約点。だから難しくだから魅力に溢れています。私は「もの言う写真」を撮りたいのです。」

吉竹さん(シリアにて)

早くシリアの情勢が安定して、再びベドウィンの家族の元を訪れる日が来ることを願っています。(写真は吉竹さん提供)。

そんな吉竹さんが大好きな写真家がいます。

「フランク・メドウ・サトクリフと言うイギリスの写真家です(1853~1941)。彼はヨークシャの小さな漁村に住み、漁師たちと近郷の百姓たちの生活を約50年間撮り続けました。その中で、私が一瞬で心を射抜かれた写真があります。」

それがこの写真だそうです。

「もの言う写真」、それを今までも、今も、そしてこれからも撮り続けていかれる吉竹さん。私にとってはちょっとしたご縁から今も間接的におつきあいをさせていただいているだけに過ぎなかったのですが、今まで以上に吉竹さんのことを知りたいと思いました。そしてそんな「もの言う写真」を撮りたいと思っている吉竹さんが取り続けた、今手元にもある写真集を改めて見直してみたいな、と思っています。

吉竹さんが17年に渡って撮り続けたベドウィンの家族の記録をイタリア・ミラノにある創設89年になる美術出版社SKIRAから写真集として出版されました。

元々英語版として発売されており、上記Amazon等でもお買い求めいただけますが、こちらに日本語冊子付きが付いたものも発売されています。こちらは一部の美術館等でも取扱いがあり、手に取ることが出来ますが株式会社SDSのサイトからもご購入頂けます。

また、吉竹さんの写真はドバイのMONDAギャラリーのサイトからもご購入いただけます。

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