[旅する鞄、靴、時計] 02 ー 吉竹 めぐみさん(写真家)17年に渡り沙漠の民ベドウィンを撮り続けた写真家の側にあったモノたち。(前編)

[旅する鞄、靴、時計] 02 ー 吉竹 めぐみさん(写真家)17年に渡り沙漠の民ベドウィンを撮り続けた写真家の側にあったモノたち。(前編)

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「今も内戦が続くシリア」。

悲しいことですが、最近では当たり前のように使われている言葉です。平和とはほど遠く、危ない国というイメージを持たれている方も多いかもしれません。実態は既に「内戦」なんて呼べるようなものではなく、世界各国がそれぞれの思惑で手出し、口出ししてる結果として終わりが見えなくなってしまっただけであり、シリアの人々の思惑なんてとっくの昔に無視されているように感じます。「内戦」ではなく周辺国の思惑の絡んだ「紛争」です。

けれど、もともと紛争の絶えない地域だったわけではありません。むしろ、とても平和で美しく豊かな国でした。一度シリアを訪れたことのある知人は皆シリアという国と人々に魅了されて帰ってきます。「シリアは本当に素敵な場所」だと。

「沙漠の民ベドウィン」。

どんなイメージをお持ちでしょうか。それ以前に「アラブ」という言葉にどのようなイメージを持たれているでしょうか。ちなみによく使われる「アラブ人」という言葉。本来はこの「ベドウィン」のことを指すそうです。彼らは自分たちのことをベドウィンと呼ばず、アラブと呼ぶそうです。

恥ずかしながら私は、頭に何か巻いてサーベル持ってラクダに乗って、突然映画などで主人公たちに襲いかかってくる、よそ者も寄せ付けない、厳しい戒律とともに今も昔ながらの生活を変えずに生きている怖い人たちというイメージを持っておりました。うん、たぶん後で妻から怒られるな、この私のイメージ。見事な誤解です。

竹めぐみさん

沙漠の民ベドウィンの家族を17年に渡り撮り続けている、写真家 吉竹めぐみさん。(写真は吉竹さん提供)

そんな「シリアの沙漠」で生活する「ベドウィン」の、ある家族の元に紛争前まで17年間通い続け、その暮らしと笑顔を撮り続けてきた写真家がいます。それが今回お話を伺った吉竹 めぐみさんです。

(註:吉竹めぐみさんの「吉」という字は本来上が「士」ではなく「土」なのですが、この字が環境依存文字のため、表示されない可能性もあり、文中ではすべて「士」のほうの「吉」を仮に使わせていただきます。)

2014年には17年に渡って撮り続けたベドウィンの家族の記録をイタリア・ミラノにある創設89年になる美術出版社SKIRAから写真集として出版されました。

元々英語版として発売されていますが、こちらに日本語冊子付きが付いたものを株式会社SDSのサイトからご購入頂けます。

今も写真家として国内外で活躍されている吉竹さんですが、私は以前から「吉竹さんはベドウィンの家族のところに通うときにはどんなモノを持って行かれるのだろう」と興味を持っていました。今回お時間を頂き、色々なモノと共にそのお話を伺うことが出来ましたので、今回は前編後編の2回に分けて、ご紹介させて頂きたいと思います。

吉竹 めぐみ(よしたけ めぐみ)さんってどんな人?

写真家 吉竹めぐみ さん

吉竹 めぐみ(よしたけ めぐみ)
1965年東京生まれ 東京写真専門学校報道科卒業。
講談社「現代」編集部を経てフリーランスへ。現在雑誌を中心に多岐の分野で撮影を行う。
また国内外で写真展を開催するかたわら各地で講演会も開催。
1987年からライフワークであるアラブ世界の撮影を始める。
特にシリアのベドウィンは1995年から17年間撮影し続けており世界で唯一である。

吉竹さんは「シリアのベドウィン」のみを撮り続けている写真家ではありません。「(社)日本写真家協会(JPS)会員」「シリア写真家協会名誉会員」「(社)日本外国特派員協会(FCCJ)会員」としても多岐の分野で国内外で活躍されている方です。

15歳の時に読んだ本「アラビアのロレンスの秘密」、そしてその後に観た映画「アラビアのロレンス」で沙漠に魅了され、「私はアラブの世界を写真で表現したい。カメラマンになろう。」と思い、その道を歩まれてきました。


この辺りの話は様々なメディアでのインタビュー等で話されていますのでここではその中の一つのインタビューをご紹介しておきます。

「シリア」や「沙漠」という言葉から、みなさんはどんなものを思い浮かべますか?ラクダを率いた隊商?遺跡?あるいは昨今のニュースが伝える出来事でしょうか。
沙漠に恋する写真家・吉竹めぐみさんは昨年、シリア沙漠で暮らす遊牧民ベドウィンの写真集を出版しました。
その中には「アラブの祖」といわれる彼らの笑顔あふれる豊かな暮らしぶりがたっぷり!
音楽・文芸評論家の小沼純一さんを聞き手に、吉竹さんの沙漠秘話などもうかがいながらベドウィンやシリアの人々に近づく本連載。
もしかすると、あなたの中にあるシリアのイメージが変わるかもしれませんよ。

全9回の連載なのですが、吉竹さんのことだけでなく、ベドウィン、そしてシリアについてもとても丁寧に話されていますのでオススメです。非常に読みやすく、これ読んだだけでもシリアとベドウィンの印象が全く変わります。こんな記事あったら私何も書けなくなってしまいそうです。

とはいえ、全く同じものを書くのでは私である意味も必要もありません。このブログ、この「旅する鞄・靴・時計」シリーズとして「モノ」から見える「人となり」を見てみたいという視点から、今回もじっくりと書いてみたいと思います。

沙漠の民ベドウィンを撮り続けた吉竹さんの側にあった鞄、靴、時計、そしてモノ。

シリアにて。竹めぐみさん。

シリアの沙漠にて(写真は吉竹さん提供)。
ベドウィンの家族の元にすべてのモノを持ち運んでいる訳ではないのですが、側にあったモノたちをご紹介します。

毎年のように逢いに行くベドウィンの家族は常に移動して生活しているため、シリアに着いてから現在地の情報を集める必要があります。そこで吉竹さんはシリアの都市アレッポ(下記地図、シリアの北西の都市)に到着後、いつも決まったホテルに泊まります。こちらにまずはスーツケースを預け、ベドウィンの家族の親戚がいるパルミラまで約250キロを移動、一泊後、沙漠へ向かうそうです。(パルミラで情報を集め、現在地を知っている人を見つけて連れて行ってもらうそうです。)

伺っている私としては、これで果たして移動するベドウィンの家族を滞在期間中に見つけることが出来るのだろうかと心配だったのですが、今まで会えなかったこともなく、また吉竹さん自身それを心配したこともなかったそうです。

ただ、紛争が長期化していることで、ここ数年シリアをなかなか訪れることが出来ず、果たして今家族がどこで暮らしているのか、みんな無事なのか、心配されていました。ところが先日、Facebookで突然ベドウィンの一部の家族と再会。今では時々Facebook上で交流をされているとか。実際に逢うことが出来ない辛さはありますが、SNSの思わぬ広がりに驚きました。

そんな吉竹さんの17年に渡るベドウィンの家族の訪問の際に側にあった鞄や靴、時計、モノなどをご紹介します。

吉竹さんと旅する鞄(旅鞄) – シリアまではスーツケース、ベドウィンの家族の元では米ペリカンのカメラバックとカメラマンベスト。

サムソナイトのスーツケース

吉竹さんはサムソナイトのスーツケースを持っていかれるそうです。

日本からは大きな荷物はサムソナイトのスーツケースで持っていかれるそうです。サムソナイトにした理由は「軽くて丈夫だから」。荷物がどうしても多くなってしまうので、鞄選びにおいては軽いことはとても大事な要素だそうです。

旅行といえばお馴染みの持っていくモノのリストは作られているそうです。私の妻も海外に行く際にはPCからこうしたリストを印刷して毎回チェックしていますし、海外に頻繁に行かれる方はリスト、やっぱり作っているんですね。毎回思いつきで詰め込んでいる(リストを作っていない)私とはやはり違います。

吉竹さんと息子さん

吉竹さんは何度も息子さんと一緒にベドウィンの家族の元を訪れています(写真は吉竹さん提供)。
この写真では2人分の荷物なのであまり参考にならないかもしれませんが、一人分でもやはりそれなりの量になってしまうそうです。

上記の写真で吉竹さんと一緒に写られているのは息子さん。そのため写真では荷物も二人分です。息子さんが生まれてからは、1歳4か月から紛争が始まった直後まで毎年一緒にベドウィンの家族の元を訪れていたそうです。

1歳の頃から沙漠へ、と日本で生活している感覚で聞いてしまうと、思わず「衛生面とか病気とか、大丈夫なのかな?」などと要らぬ心配をしてしまうのですが、よく考えてみればベドウィンの家族は元々生まれたときから沙漠で生活しているわけです。むしろ息子さんは結局毎年訪れながら今では中学3年生。沙漠と、そこで生活しているベドウィンの家族の生活というのは、それはそれで息子さんにとっては良い環境、影響を与えたのかもしれませんね。

また、これだけ見ると大荷物のように思われますが、この内、吉竹さん自身の服や薬、その他の必需品などを主にスーツケースに入れ、ベドウィンの家族へのお土産などは他に見える別の鞄や袋に入れて、そのまま沙漠に持っていくそうです。

吉竹さんが海外に持っておくもの(空港にて)

荷物自体はそれなりに多くはなるので、その分重さを意識(写真は吉竹さん提供)。
スーツケースはベースとなるシリアのホテルに置いておきます。

このスーツケースはベドウィンの家族の生活する場所(街ではないので)には持っていきません。この中から滞在日数分の下着と靴下、その他少しの必需品をスポーツバックに入れて、先ほどのお土産の袋やダンボールと一緒に沙漠に持っていきます。

また、薬も一応持っていくそうですが、実際最初の年は腹痛など一般的な症状に悩まされはしたものの、その後は基本的に体調を崩したことがないそうです。何度か絆創膏を使ったくらいとのこと。

自分の身につける下着と靴下は100円ショップで日数分買っておき、下着はホテルに持って帰った後に捨て、靴下は家族にあげてくるそうです。なぜ日数分買うか、といえば、滞在中は入浴をすることがないため、下着と靴下は毎日替えたいから、だそうです。お土産を入れたスポーツバックやダンボール箱もそのまま置いていくので、帰りは非常に身軽になるそうです(ただ、その分日本へのお土産等があるのですが)

沙漠では米ペリカン(PELICAN)製のカメラバックとカメラマンベスト。

沙漠では樹脂ハードケースの代名詞とも言われている米ペリカン(PELICAN)製のカメラバックとカメラマンベストで向かいます。

米PELICANのハードケース

樹脂ハードケースの代名詞とも言える米ペリカン(PELICAN)のケース。

大切なカメラを運ぶケースは樹脂ハードケースの代名詞とも言われている米ペリカン(PELICAN)製。当初は普段の撮影でも使っているナイロン製のTENBAの鞄を持っていったそうですが、沙漠においては細部にまで砂が入り砂まみれになって掃除が大変だったそうです。ちなみにカメラもその時にはジップロックを二重にした中にいれていたくらいだそうです。そのため、このペリカン製のケースに変えたそうです。

同社のケース(カメラバッグ)は堅牢で耐久性が高く、防塵防水、密封性も高く、主要素材はポリプロピレン。沙漠で砂が付いてもさっと拭けば取れる上に、ベドウィンの家族の家においても中に入っているカメラに砂が入る心配がないのが魅力。

また、ベドウィンの家族の家の中では時々水を撒いて掃除をする時があるそうで、その際に水がかかってしまうこともあるのですが、そんな時でも前述のように防水ということもあり、安心とのこと。

米PELICANのハードケース

吉竹さん愛用のこのカメラバッグはカートもついているので持たなくて良いのも魅力です。

また、カートが付いているので重いカメラバッグを持たなくて良いという、吉竹さんにとっては完璧なカメラバックだそうです。ちなみにこのケース、だいぶ前に買われたそうなので今ではもう無いかと思っていたのですが、「1510」で検索してみるとしっかり今もありました。

中の緩衝材をカメラの大きさに合わせて切り取って使うため、恐らく「with Foam」のタイプだと思いますが、この中の緩衝材が別途で改めて購入すると結構高いそう。

米PELICANのハードケース

愛用するカメラ一式の大きさに合わせて中の緩衝材を切り抜いて使っています。

また、沙漠での行動中はカメラマンベストを愛用。

吉竹さんの沙漠での姿。

吉竹さんの沙漠での服装。カメラマンベストが鞄代わりにもなっています(写真は吉竹さん提供)。

このカメラマンベストに聖書、パスポート、お金、辞書、ノート、ペン、ウエットティッシュや適量のトイレットペーパー、目薬、リップクリーム(乾燥予防)、携帯など(それぞれこの後でご紹介します。)を何でも入れています。撮影の時には写真のようにカメラを下げ、替えのレンズを同様にカメラマンベストのポケットに入れています。

吉竹さん愛用のカメラマンベスト。

長年着続けている愛用のカメラマンベスト。基本的にこの滞在中しか使わないので今も現役です。

シリアの沙漠ではこのカメラマンベストがほぼ鞄代わりです。あらゆるものをポケットに詰め込むことが出来、両手も空く。長年着続けているそうですが、今も現役です。

吉竹さんのカメラマンベスト。

カメラマンベストはポケットが多く、またマチがあるのが非常に便利。ペンや後述の辞書などあらゆるものを詰め込みます。

また、訪れる時期は大体春なのですが、気候としては日本と似てはいるものの、朝晩は息が白くなるくらい寒いそうです。そこで毎年出発前に前年の冬の売れ残りのフリースやダウンが安く売られているの探してきて購入。「男性用のお尻が隠れるくらいの大きさ」のものを購入し、毎回沙漠で着た後はベドウィンの家族にあげて帰ってくるそうです。

基本的に必要以上の自分のモノは持ち込まず、靴下やダウンなど喜ばれるものはあげて帰ってくる。彼らと同じ物を食べ、同じ水を飲み、同じ場所で同じ布団で眠る。昔、ジャーナリストの本多勝一が著書「アラビア遊牧民」で訪れた時に「日本から食料をはじめいろいろなものを持参なさって、ベドウィンの住まいとは別にテントを張って生活された(前述の「シリアへのラブレターより引用)」のとは全く異なり、吉竹さんの言葉を借りれば「カメラとトイレットペーパー」のみ持ち込んでともに生活する姿が浮かんでくるようです。

ここで補足しておくと、30年以上前に発売されたこの本では、本多さんが出会ったベドウィンは「がめつく、損得計算をして、親切には裏があり略奪文化の人たち。」であると結論づけてあるそうです。ただ、それは吉竹さんがこの17年間に出会った150人以上のベドウィンとは真逆でした。

写真は吉竹さん提供。

本多勝一さんが書かれたことは、彼が体験されたことをそのまま書いてあるので、もちろん「彼の目に映ったアラビア遊牧民」という意味では事実なのだと思います。ただ、出版自体が30年以上前と古く、また本多勝一さん自身が有名かつ影響力のある方でもあるので、この本を読まれて「ベドウィン」というもののイメージをされている方も結構いらっしゃるのではないか、と思います。けれど、それだけでベドウィンのことを誤解してほしくない。

どちらが正しい、間違っている、という話ではなく、ここで触れたように、一つの視点だけで判断してほしくないな、というのが吉竹さんの思いでもあり、また、今回お話を伺った私自身の感じたことでもあります。

吉竹さんと旅するカメラ(旅カメラ) – カメラは常にサブも含めて2台以上。Canon EOS 5Dが2台とスナップ用のSONY α6000。

吉竹さんはメインのカメラは2台持って行くそうです。メーカーはずっとキャノンとのこと。これは趣味で写真を撮っていたお父様もキャノンだったそうで、自分も自然にキャノンを使うようになったそうです。

Canon EOS 5D

カメラは昔からキャノン。何が起きても大丈夫なように常に2台持っていくそうです。

沙漠には電気がないので、滞在中は充電が出来ません。そのため、予備のバッテリーは切らさないように多めに持っていかれるそうです。これはこの後ご紹介するような電子機器すべてで同じ。なるべく使うとき以外は電子機器は電源を切って節約する必要があるそうです(ちなみにそんな電気のない沙漠では、ベドウィンの家族はバイクや車のバッテリーから充電していたそうです)。

ベドウィンの家族の元でお世話になった当初からずっとフィルムを使っていたそうですが、2010年頃からこのフィルムが日本では現像してくれなくなってしまったため、アメリカに持っていって現像していたとのこと。そのため最後にご紹介する写真集でも最後の1年はデジカメにせざるを得なかったそうです。保管はCF(コンパクトフラッシュ)。

記録メディアとしてのCF

保存メディアはCF。すべて耐衝撃のケースに入れて保管しています。

沙漠において手強いのが「」。フィルムを使っていた頃はジップロックを2重にして中に入れていたそうです。ちなみにデジカメを使い始めてからのほうが砂に対してはシビアなため神経を使う(フィルムの時のほうがラフに扱えた。)とのこと。ただ、写真家になって30年近く、未だにカメラが壊れたことは一度も無いそうです。(それでもサブ、サブサブのカメラは前述のように必ず持っていくとのこと。)もちろんレンズ磨きやブロワー等も持っていきます。

また、以前から重宝しているのが「フォトストレージビューアー」。

EPSON P-3000

吉竹さん愛用のフォトストレージビューアー、EPSONのP-3000。

HDDを内蔵したこの種のフォトビューアーは今ではほとんど見かけなくなってしまいましたが、日々貯まっていく写真データを記録メディアに残しっぱなしにするのではなくその都度こちらのHDD付きのビューアーに保存しておく。バックアップとしても、また大きめの液晶を使っての写真の確認としても、なかなか便利な製品だと思うのですが今ではあまり一般的には使われてはいないのでしょうか。

EPSON P-3000

最近の各種記録メディアの大容量化と低価格化の波に押されて、この種のフォトストレージビューアーは需要が少なくなってしまったのかもしれません。

ただ、このフォトビューアーはあくまでCFに入っているデータのバックアップ用としてのみ使っているそうです。バックアップストレージとしては容量は少ないながらも大きさがコンパクトなことが気に入っているとのこと。沙漠ではバッテリーを充電出来ないので液晶での写真の確認もしませんし、電子機器は基本的には小まめに電源を切るなど節電を意識しているそうです。

再びカメラの話に戻りますが、吉竹さんはメインのカメラ以外にもスナップ用にミラーレス一眼も持って行くとのこと。こちらはキャノンではなくSONYのα6000でした。

SONY ミラーレス一眼 α6000

またスナップ用にミラーレス一眼も持って行くとのこと。SONYのα6000。

これらの他にレンズ一式も合わせて愛用のカメラケースに入れていきます。

吉竹さんは沙漠ではストロボは使いません。すべて自然光。構図も初めから決めてから撮り(フレミング)、撮った後のトリミングは行いません。

吉竹さんが大切にされていること。それが「シャッターを切る前(シャッター以前)」。シャッター自体は切ってしまえば、それはほんの僅かな時間ですが、そこに至るまでにどれだけの信頼関係を築けているのかが大切です。もちろん適切なライティングや構図というものも必要ではあるとは思うのですが、それ以上にポートレートにおいては撮られる人との間に、シャッターを切る時間の何百倍、何千倍もの時間をかけ、コミュニケーションをとり、関係を築いていくことで生まれるのがポートレートです。

それを一番象徴するのが母親に向ける赤ちゃんの笑顔で、あれは母親以外の相手には向けられることのない表情です。今回改めて吉竹さんの出された写真集を一枚一枚眺めてみると、子どもから大人まで、男女問わず、カメラに向けられた表情がとても印象的でした。あの表情は、ただ旅先で道行く人と少し仲良くなった程度では見せてくれることのない、本当に温かい、優しい表情だな、と感じます。

それは、日本から持ち込んだのはほぼ「カメラとトイレットペーパーだけ」という立ち位置で、彼らの住まいで共に寝起きをし、同じモノを食べ、同じ生活をし続けたことにあると思います。「郷に入っては~」と言葉にするのは簡単ですが、実際にまったく同じ生活をするのはなかなか大変なことだと思います。そうした中で築かれた信頼関係と、ベドウィンを含めたシリア、そしてイスラムの人たちのホスピタリティがあったから17年という長い時間をかけて家族として受け入れられたのかな、と感じます。

吉竹さんはベドウィンの家族を撮り続けて17年。その後シリアが紛争に入ってしまったため、今は会いに行くことが出来ないそうです。紛争がいつ終わるのか未だまったく先の見えない状況ですが、「まだ17年。人間としては17歳、子どもです。20年撮ってようやく成人。そこからがまた大人として、スタートです」と言われていました。早くその日が訪れることを願ってやみません。

写真は吉竹さん提供。

引き続き、後編ではその他のモノをご紹介します。今は亡き心から敬愛する恩師から頂いたモノ、また海外で非常に重宝する、愛用者の多いあるモノについて、など。また、吉竹さんが自らを「カメラマン」ではなく「写真家」である、と言われる想いについて触れていきたいと思います。

シリアの沙漠で生活するベドウィンのある家族の元に、紛争前の1995年から17年間通い続け、その暮らしと笑顔を撮り続けてきた世界で唯一の写真家がいます。それが吉竹 めぐみさんです。自身をカメラマンではなく写真家であると言うご自身の想いと合わせて、吉竹さんの旅のスタイルを共に旅した様々なモノを通して見ていきたいと思います。