ここで「創る」や「造る」といった言葉を当て嵌めることは幾らでも出来るのだけれど、敢えてシンプルに「作る」としてみました。何か私が使うと胡散臭く聞こえてしまいそうだから。何か勿体ぶりたくなる、鼻につく文章を書きたくなってしまうからです。ごめんなさい、でも許してください。それくらい嬉しかったのです。
タイトルも似たようなものなのけれど、要は以前からお付き合いがあり、このブログでも時々紹介させて頂いているZinRyu(@Zin_Ryu)さんに木型を作成して頂き、そこから靴を作っていただいた、ということです。
ZinRyuさんは今年4月の「ビッグコミックオリジナル 2018年9号(2018年4月20日発売)」のORIGINALISM(オリジナリズム)というコラム欄に「革靴こそが歩くための靴なのである」という文章をあげられています。
オーダーメード、ビスポークについて。
靴に限らず、なのですが、私、オーダーメードやビスポークについては、幾つかの誤解のようなものがあると常々感じてきました。靴に関しては特にお店に立っていた頃、
「私の足、特殊だからオーダーメードじゃないと駄目」
と思われている方が結構多かったこと、あとオーダーメードなら全て解決する、オーダーメードなら足にピッタリ合うとどうも皆さん考えられている節があるな、と感じていました。
これ、半分は正解とも言えるのですが、そう簡単なものじゃないし、なんというかオーダーメード信仰のようなものがあるのではないか、と思っていたわけです。
オーダーメードすれば足にピッタリ合う、反対にオーダーメードでなければ本当に足に合う靴はない
もしそうだとしたら、それは悲しいし、そう思われている限り本当に自分に合う靴というのは見つからないと思ってきました。
世の木型を削る人の多くは、、
木型を削る=足の「形状」に合わせる
と錯覚しがちなんですが、目的は快適に歩かせることでありますので、静止した足の形だけに合わせてもしょーもないんですよね。 https://t.co/X66Ulqd48k
— ZinRyu / 靴師2.0 (@Zin_Ryu) 2018年10月28日
最近ZOZOがオーダーのスーツやデニムなどを展開し、シューズへの期待も高まっていますが、単に足の各部位の数値を正確に測りさえすれば最適な靴が見つかるなんていう簡単な話じゃないんですね。スーツも同じです。身体を正確に多くの箇所の数値を出せれば着心地も良く美しいものが出来上がるのか、というとそうじゃないのと同じです。(もちろんダメだと言っている訳ではなく、今後それがどう進化していくのか、その将来性は非常に楽しみにしてもいます。)
でもそれを今回書き始めると話がズレてきてしまうので、このあたりにしておきます。
その人が足のどの点を見るのか、それをどう合わせて、どう感じて形にするのか。
こちらが今回ZinRyu(@Zin_Ryu)さんが私用に削った木型です。
無事に足に合って何よりでした?
実はこの靴は一度、仮縫い時に私が足の性質を見誤って、ラスト製作を2回行っています。
それだけに、素敵な靴に仕上がり、こちらとしても感無量。
ありがとうございました‼️ https://t.co/lt2sMERPae
— ZinRyu / 靴師2.0 (@Zin_Ryu) 2018年10月22日
今回の靴の作成は昨年末から始まっているのですが、一度仮縫いに入った段階で全く足に合わない、という事態が発生しました。私の足が大きく変わっていたこと、それも柔らかさなど様々な点で最初に測った時と違っていたんです。ZinRyuさん自身は「足の性質を見誤った」と言われているのですが、私から見ても仮縫いの時に見た私の足が不思議に感じてしまうほどでした。
足も身体の一部です。もちろん根本的な部分が変わることはないとしても、生活習慣や年齢、その日の精神状況や前夜の過ごし方などで大きく変わっていきます。もしその日の数値だけを大量に計測してまとめるだけで靴を作るのであれば、測ってから2年後に靴完成、という場合、私自身も2年間足をしっかり当時の状況にキープし続けていなければならないわけです。仕事が立ち仕事からデスクワークに変われば、それ一つでも足の形も変われば歩き方も変わる、というのに。
となると、そんな常に変わる足のどの点と面と線を見て、何を感じ、何をイメージするか、そしてそれを形にするのかはその靴職人(ここでは敢えて広い意味での靴職人としました)に拠る部分が大きい、というわけですね。
木型に対しては、4枚目を見る通り、相当に外側を削り込みました。
ちょっとマニアックな説明になりますが、外側を削ることで、足より小さい分、テンションを作り出す事ができます。
そのテンションで、内側の盛り上げた土踏まずと挟み込みフィットさせる技法。色々と工夫させて頂きました? https://t.co/8vetxNhKzF
— ZinRyu / 靴師2.0 (@Zin_Ryu) 2018年10月23日
ZinRyu(@Zin_Ryu)さんに靴をお願いして、実際にお会いした時間は合計(靴の受取まで含めても)でも5時間あったかどうか、というところですが、一般的にビスポークという言葉にイメージされるような会話というのはほとんど交わさなかった気がします。そしてZinRyu(@Zin_Ryu)さんは私の足を見て(診て)触れて、感じたそのイメージを大切にされていて、そこにあまり数字を出して云々、といった作業はほとんどありませんでした。そしてそのイメージが鮮明な内に、木型を削る。
それが誰にとっても正解、と言いたいわけではありません。
それがあくまでZinRyu(@Zin_Ryu)さんのやり方だということです。何年も木型を削ってきた、そうして何度も木型自体も変えてきた、ZinRyuさんの足へのアプローチだと思っています。
その結果生まれた靴は、今のZinRyuさんにとっての最高であって、今後生まれる靴はその時々の最高になっていくのでしょう。全く違うアプローチの仕方、捉え方になる可能性だって十分にあると思っています。
そして私はお世辞抜きに、そして別にオーダーしたから、とかZinRyuさんだから、とか言うわけではなく、この靴は履いて心地よいと思ったし、脱ぎたくないと思ったし、受け取ってからほぼ2日に1度というハイペースで履いてしまっているのが現状です。
全く痛くわけではありません。履いていないかのように存在感を忘れてしまっている、というわけでもない。けれど、この靴は心地が良いし、走ろうと思えば走れるし、履きたいという気持ちにさせてくれる。そんな魅力的な靴です。
最初にただ一言。「どんな風に履きたいですか?」デザインも素材もそこから数分で決まった。
出来上がった靴をオーナーの方に履いて頂いています。
いい絵でしたので、無理言ってそのまま停止していただきパシャリ? pic.twitter.com/qGVPuZ6Cxn
— ZinRyu / 靴師2.0 (@Zin_Ryu) 2018年10月22日
今回、革に関してはこちらを使っていただきました。
大きめの南アルプス産カーフ原皮を、タンニンと牛脂で丹念になめした革
トスカナ州のタンナーが実験的に制作した一品物
表面に化粧仕上げしておらず荒い表情ですが、数十年無造作に保管してあっても、全くヘタれてない
最後の一足分、靴にします#帝政ローマ時代に近い製法#もう手に入らない pic.twitter.com/30mOV2le1d
— ZinRyu / 靴師2.0 (@Zin_Ryu) 2018年7月29日
革に関してもとんでもないものが出てくる、作り出すのがZinRyuさんでもありますが、今回は別に「幻の革を」とか「○○な革を」とお願いした訳ではありません。
お会いした初日、最初にただ一言。「どんな風に履きたいですか?」と訊かれ、
最近すっかりスーツ着なくなっちゃったので、普段からどんどん履ける靴が良いですね
と言ったら、「じゃあ‥」と言って出してきたのがこの革でした。そして、革の切れ端を頂き、触っている内に「何かこの革の靴履いたら楽しそうだな」と思って「この革でお願いします」と言っただけです。その前後、こんな上のツイートのような情報は一切知らされてはおりません。単に「タンニンなめしなので、履き込んでいく内に細かいシワや表情が出て楽しめると思いますよ」と言われただけです。
そこからブラウンのウィングチップ(フルブローグ)をこの革で、というだけ。よくあるオプションのような靴の細かい仕上げや靴好きが好みそうな製法なんて話は一切しておりません。
「普段からどんどん履ける靴」
がこの靴になり、
先程も触れたように、今、私は2日に1度というハイペースでついつい履いてしまっている、ということです。
この靴は、この木型は非常に良いです。私にとって。そしてこの靴を出来る限り履き続けていきたいと思っています。
ZinRyuさんとは以前からTwitter上では折に触れてお話させて頂いたり、よくこのブログでも紹介させて頂いたりしておりました。また以前は靴を譲っていただいたこともあります。
そして今回、縁あって、こうした靴を作っていただく機会に恵まれました。ありがとうございます。
この靴は素晴らしい。そしてそれには靴師ZinRyuが診て削り出した木型があります。私にとっては最良の靴の一つです。
革の謂れも含めてもちろんそうしたストーリーは確かにあります。それがモノへの愛着を増してくれることは確かです。
ただ、私はそれを抜きにしても、他の好きな靴と同じように、この靴を出来る限り履き続けていきたいと思っています。履き続けられるように、常に意識を向けながら、また自分の足のことを考えていきたいと思っています。
ZinRyuさん、そしてこの靴に関わってくれた職人さんを初めとした方々がいてくれて、この靴が生まれることが出来ました。ありがとうございます。
これからもこの靴を履きながら、私なりの方法で、靴との付き合い方について発信していけたら、と思っています。