[0364-201411] 講演会やトークイベントで寝てしまう私へ。小難しい話の聞き方を教えて欲しいこの頃。

[0364-201411] 講演会やトークイベントで寝てしまう私へ。小難しい話の聞き方を教えて欲しいこの頃。

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折角の楽しみにしていた興味のある内容のトークイベントや著明な方の講演会、開始早々寝てしまった経験はありませんか?

私はしょっちゅうです。

そういう時は頑張らずにさっさと寝てしまったほうがいいと思っているのですが、あとで非常に勿体ない気持ちになります。今日はそんな話です。

話の聞き方って知ってますか?

生きていく中で自然に身につけてきたモノ(スキル)ほど、疑ってかかったほうが良いと思っています。例を挙げればキリがないのですが、例えば靴の履き方歩き方、基本的なところでは日本語もそうですね。

[0361-201411] 外反母趾や甲高幅広。革靴で足が痛い人は、本来の自然な人間の歩き方をしているのかもしれない。

私たちは、基本的に靴の履き方や靴を履いた歩き方というのは習ったことはありません。自然にまわりを見たり、自分で試していく中で自分なりの履き方歩き方を何となく覚えて身につけてきたと思います。

だから、余程靴に興味がない限り、履き方や歩き方なんて考えたことないし、これからも考えることはないと思います。何かトラブルを抱えない限り。

ここ最近改めて思うのは、自然に身につけてきたことや、当たり前のことほど、間違っていることが多く、でいながらそれでも充分に生活出来てしまうので修正されることもないのだな、ということです。

話の聞き方、というのもその内の一つ。聞いていて分からない話ってたくさんあると思うのです。眠くなるような。そんな時、友人や知人との会話なら聞き返したり、「話のつまらない人だ」で済みますが、講演会などではついつい自分の責任だと思ってしまう。「私の頭が悪いんだな」と。

話し手のスキルの問題は非常にあるのですが、ただ、聞き手に関しては、単純に「話の聞き方を知らなかった」だけであって、頭が悪い訳ではありません。

学会での発表と講演会とトークイベントは別。

著明な先生のお話や、ちょっとした学者を呼んでのトークイベント。もしくはNGOの活動報告。私もたくさん出ました。大抵、さっぱり分からないです。分からない理由はたくさんありますが、ここでは話し手と聞き手の使っている言語が違う、ということを挙げてみます。

20代の頃から妻と色々なものに参加しましたが、折角二人で出たのに隣で寝てしまって、あとで言い訳をしようとすると、時々言われました。

「あれ、研究者のプレゼンや学会の時の発表のやり方だから、話す方の問題。分からなくても仕方ないよ。」

妻は大学院まで行きましたが、私は大学出ていません。妻は大学院でもプレゼンの仕方はじめ論文の書き方から展開のさせ方までしっかり身につけています。私は大学には行ったとはいえ、実質出席していないようなものでしたので、そうしたスキルは身につけていません。

学会や研究者のプレゼンには、きちんとした構成があって、それに則って進めていく(そうです)。それは論文の書き方もそうですね。

話慣れていない人(ここでは学者や研究者)は、どんな参加者であってもその構成で話してしまう。学会では共通のルールに則らないと分かりにくいし認められないかもしれませんが、一般人には理解が出来ません。

そして、そうした話は、その世界の知識があって、ある程度研究をしてきた人間にとっては非常に聞きやすく興味深い話ですが、一般人にはつまらないんです。

あ、そもそもの準備不足は問題外です。

夫婦でさえ会話がかみ合わないことが多々ある。

どこでもあることですが、一時期、妻が大学院に行っていた時に、家での夫婦の会話がかみ合わないことがありました。

私からすると、やけに妻が「理屈っぽい」んです。「エビデンス」を求められたり、「あいまいな」表現を聞き返されたり。

妻からしてみると、考えのまとまっていない段階でとりあえず話して頭の中を整理する私のような人間の話は分かりにくいんですね。大学院でちょっと甘かったり曖昧な表現を日々指摘されている妻にしてみれば、家での曖昧な話に頭を切り換えるのが大変だったのでしょう。

また、妻は最近はよく幼稚園をはじめ、様々な年齢層、対象にお話をさせていただく機会が出来ました。その時に時々漏らすのが「どんな人を呼びたいのかすら主催者が分かってなくて、すべてお任せします、しか言われない依頼が一番困る」ということです。

対象によって話し方が変わるのに、主催者によってはとにかく人を集めないと、と思うあまり手当たり次第に幅広い年齢層や幅広い知識レベルの参加者を手当たり次第に集めてしまう。

こういう時が一番困るそうです。特にちょっと専門的な話をしなければならないときには。

自分よりその道の経験のある研究者や先生方から、その方面の活動をしている人、さらに何となく興味を持ったお母さんから子どもまで幅広いことも多々あります。

これ、たまたま興味をもったお母さんにも分かるように限られた時間の中で話すには、ある程度物事を分かりやすくデフォルメしなければいけないこともある。けれど、それをしてしまうと、その方面の活動をしている人や研究者にとっては、粗の多い、根拠の薄い話になってしまうのです。

逆に、そういう研究者にとっても納得の出来る、根拠や具体例を含めた濃い話にすると、お母さんは訳分からないわけです。つまらない。

「慣れろ」「経験を積むしかない」ではなく。

学校の授業、寝てしまった経験、誰でもあると思います。特に大学だと、授業をする教授が話し慣れている方なら良いのですが、研究一筋の方だと入学直後の学生にはさっぱり分かりません。

話す言語が違いますし、研究者なら分かりやすい話の構成であったとしても、その展開を知らない学生には、聞き所が分からない。

感覚としては、日本語と英語とその他の言語を聞き分けるくらいの違いかなぁ、と思います。

日本語は余程難しくなければ日本語だと分かる。内容もとりあえず分かる。
英語は全ては分からなくても、所々単語が聞き取れるから、英語だとは分かる。
その他の言語は単なる音。雑音。何語かすら分からない。

外国語だとそれぞれに対応の仕方があると思います。けれど、日本語でも同じですよね。

本当は「話の聞き方」「話のしかた」というものを身につける機会があれば良いのですが、こういうものって「慣れろ」「経験を積むしかない」と突然曖昧になってしまう。

マニュアルって印象が悪いですが、それも使い方次第。話し方、文章の書き方など、ある程度までは生きていく中で自然に身につけてきたもののほど、実はマニュアルが必要なのではないかな、と思います。

日本語リスニングを身につけるためには。

けれど、折角興味を持って、そうしたトークイベントに参加したのに、「頭が悪いから」さっぱり分からず寝てしまった、では勿体ないですよね。勿論話し手のレベルが低い場合にはそちらを改善する必要があるのですが、聞く私たちもある程度の準備が必要です。

同じさっぱり分からない話でも、そもそも話自体が下手で聞く価値すらないものと、前提となるスキルがあれば非常に有意義なものがあります。前者はどーでもいいですが、後者を逃してしまうのは勿体ない。そして、これは単に場数を踏めば分かるようになる問題でもありません。

話の聞き方の本はたくさん出ていて(それだけ皆さん悩んで、けれど決定的なもののないテーマですが)どれが良いかすら分かりません。かと言って、怪しい自己啓発系のセミナーに高いお金を払って参加するのでは、その方が問題です。

日常会話ではなく、講演会の話の聞き方を身につける良い方法って何でしょう?個人的には結構需要があると思うのですが。

最近では入学と同時にひとまずノートの取り方から身につけさせる大学もあるようですね。同様に話の聞き方も教えませんか?日本語リスニングの授業。どうすれば眠くならずに授業を受けられるか、みたいな。教える方にもかなりのスキルが必要そうですが。

ひとまず、せっかく散々NGOの報告会やトークイベントに参加してきた私としては、妻を頼りつつ、何かしら話し方(話の展開や必要なこと)の特徴や聞き方のコツを見つけたいと思います。

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