以前、千葉刑務所の受刑者が作る革靴について取り上げたことがありました。
私は毎年秋に開催される府中刑務所の文化祭で手に取り、また注文をすることが多いのですが、このようなオーダー靴だけでなく、既製靴も販売しています。もちろん文化祭だけでなく、普段から全国各地で行われている刑務所作業製品展示即売会においてもこれらの靴は入手が可能です。
文化祭ではあまりに人が多いため、落ち着いて手にとることも出来なかったのですが、以前から気にはなっていました。そうした中、先日こちらでも時々ご紹介させて頂いている「帰ってきた「喫茶と軽食さくらい」」の、さくらい伸(@saku03_)さんがこの既製靴を購入されました。
千葉刑務所製ストレートチップはデンキウナギの夢を見るか : 帰ってきた「喫茶と軽食さくらい」
購入されてからもTwitter上では気に入られている様子が日々伝わってくるので、私自身も改めてこの靴に興味を持ちました。そんな時に何の偶然か帰省のタイミングに合わせて我が実家、掛川のアピタで即売会が行われていることを知り、早速訪れて試履、その場で購入を決めました。
今回改めて感じたのは、人と同じく、モノにもタイミングと縁というものがあるということ。この時期、このタイミングでこの靴に改めて興味を持ち、実際に足を運び、そして惹かれて、購入し、今こうして文章を書きつつ色々なことを思ってしまうのは、不思議でもあり、面白くも感じています。
その感覚を、想いを、一度文章にしてみたいと思います。
紳士靴S型(千葉)4E 25.0 ¥6,600-(税込)
デザインにもフォルムにも何の捻りもない(私の中では一番の褒め言葉)、シンプルなストレートチップです。捻りを加えるなら、理由のある捻り方をしてもらいたいと思っている私にとっては、むしろこうした素直で目立たないけれど、けれど良いなぁ、と思わせてくれる平凡な革靴が一番好きだったりします。
ウィズは4E。ウィズというものは単純に表記だけでは当てにならない部分もあり、かえって自分に合う靴から遠ざけてしまう原因となってしまう場合も多々あるのだけれど、反面、この表記が安心感を与えてくれる面もあります。
今回は私の中ではサイズを若干落としたものの、千葉刑務所オーダー靴のように24.5cmまで下げなくても25cmで気持ちよく履くことが出来ました。これ以上下げてしまうと(下げられなくもないですが)指先が厳しいな、という印象。
底は前半分はマッケイ製法、残りはセメント製法かな。ちょっとじっくりと見ていないので何とも言えませんが、あまり気にする部分ではないかな、とも思います。縫い目も綺麗ですし、底の雰囲気も良い。実用性も十分。悪くありません。
並んでいた同じ25センチの靴でも、履いたときの中底の足への辺り具合や、踝の突き刺さり具合などがそれぞれ微妙に違うのは製作者の違いか、単純な個体差か。これをマイナスと捉えることも出来ますが、このあたりはむしろ一足一足選ぶことを楽しんでみてほしいな、と思っています。
これから履いていくことになるのですが、良い靴です。柔らかいですし、きれいです。もちろん履かずに決めるのはオススメしませんが、それはどんな靴でも同じ。シワの入り方が、とか革質が、とか製法が、とか色々言いたくなるかもしれませんが、そういう人でも手にとってみてほしいな、と思っています。
この靴の価格が、この靴を綺麗に、長く履くことを難しくさせている。
本来であれば、「良い靴」というものに価格は関係ありません。絶対的な「良い革」というものがあるわけでもありません。先程私はこの靴を「良い靴」と書きましたが、売りたいがため、自分をよく見せたいがためのアピールでも何でもありません。
けれど、この靴がいくら良いとしても、おそらく綺麗に、長く履くというのは案外難しい。それは製法が原因でも、革質が原因でもありません。履く人の気持ちの問題です。
この靴は、敢えて極端に酷使でもさせない限り、そしてきちんとお手入れが出来るのであれば、綺麗に長く履くこと自体は可能ですし、難しいことではありません。そして、お手入れ自体は決して難しくもありません。普段このサイトでも書いている通りです。ブラシと乾拭きだけ。靴のお手入れ方法に、靴の値段は関係ないからです。けれど実際にお手入れするのは難しい。何故か。
安いからです。
もちろん価格の基準は人それぞれです。この6000円を高いと感じる人も多くいるでしょう。私が言いたいのはそういう意味ではありません。このニュアンスがとても難しくて、誤解も生みそうで、だからこそ文章にするのが恐くもあります。
けれど、大きな理由は安いからです。
嫌だなぁ、こういう言い方。他に言葉はあると思うのに、でもこの言葉を敢えて選んでいる自分が。
履き捨て、履き潰す、と思われたとき、その靴は履き捨てられ、履き潰されていく。
以前修理の適正価格について書いたことがあります。
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修理代と同じくらいの価格の靴を高いと感じる人でも、修理に出さず、履き潰しては買い替え、を繰り返す人もいる。靴を安いと思う人も、安いなら修理なんか出さずに買い替えちゃったほうが良い、と買い替えてしまう。
そうなると、幾らだろうと、高かろうと安かろうと、修理する人はするし、しない人はしない、でまた終了してしまうのですが、ふと、何とも切ない気持ちになってしまうのです。
高い靴だから丈夫な訳でもないし、安いからといって、すぐボロボロになるわけでもない。大体修理出来るように作られている靴なら、それ程耐久性に大きな違いはないと思います。高いから大切にするかといえば、そうとも言えない。
私がこのサイトで盛んに「靴のお手入れ」について暑く語っているのも、またその都度「ブラシと乾拭きだけで十分です。でも毎日ね。」と言っているのも、一番の目的は靴自体に意識を向けてほしい、ということです。
もちろん毎日ブラシをかけていれば、乾拭きしていれば実際に綺麗になります。ただ、それ以上に、細かい傷にも気づきやすくなるし、早めに対処できるようになるし、靴の変化にも気づきやすくなる。そして、毎日触れるものをぞんざいには扱いません。靴を身近に感じることが出来るようになる。それが一番のお手入れの効果です。
この靴ももちろん同じです。ツヤ革(ガラス革)であろうが、お手入れすればそれだけきちんと靴は応えてくれます。細かい傷がつこうが、そんなものはいくらでも誤魔化せますし、綺麗に履くことは可能です。そしてそれだけの愛情に、この靴もしっかり応えてくれるでしょう。
けれど、そんな簡単に思えることが、意外と難しい。それは以前店頭に立っていた時、多くの人と、多くの靴を眺めていて感じたことでもあります。
履き捨て、履き潰す、と思われたとき、その靴は履き捨てられ、履き潰されていきます。
もちろんそこに価格は関係ありません。けれど、価格はその心境に大きな影響を与えます。
この出会いが、靴にとっても私にとっても良いものでありますように。
今日、この靴を家に持ち帰って、部屋で磨いていたとき(実家にあるお手入れ用品で)、私はとてもワクワクしました。目の前で艶を増していくこの靴の表情を眺めながら、さて、どんな風にこの靴を履こうかな、と楽しみになりました。今すぐ、部屋の中で履きたくなりました。
そんな瞬間は、今も今までもどこかで訪れていることでしょう。そして、それぞれのお手入れや靴磨きの方法があると思います。人の数だけ、靴の数だけ、付き合い方が存在するのだと思います。
そして、靴磨きの方法にたったひとつの正解、というものは存在しません。あるのはその人にとっての無理のない付き合い方であり、またその人にとっての磨き方です。それはよほどのことがない限り、基本的にはどれも正解です。
ただ、どんな靴であっても、過保護である必要はありませんが、どんな形であっても、その人とその靴とが良い出会いと良い終わりを迎えてほしいな、と思っています。
お世辞でも大げさでもなんでもなく、また先程は価格を例には出しましたが、そうしたすべてを合わせた上で、この靴には十分な魅力とともに、何かこれから先の靴との付き合い方に新たな可能性を感じさせてくれました。
これからも時々その後のこの靴を取り上げていきたいなぁ、と思っています。